mixiユーザー(id:9389954)

2021年03月11日23:58

135 view

震災から10年、仕事場からなんとかその日のうちに帰れたのが記憶にあるが。

■学校で被災し“先生”になった女性へ 藤井アナがかけた言葉に視聴者も涙
(しらべぇ - 03月11日 19:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=202&from=diary&id=6442420
東日本大震災の発生から、今日で10周年ですか。NHKと民放キー局5局が番組制作を共同で手掛けるプロジェクトが行われたようですが、日テレが午後1時55分から(通常の「ミヤネ屋」の枠ですかな)放送した「NNN未来へのチカラ」では、通常、夕方のニュース「News every」を担当する藤井貴彦アナウンサーがまた"名言"で世間に反響を与える言葉を発したと記事では紹介していますが、東京で生活し、東京の職場に通う私は、その日、当時の職場だった東京都墨田区の印刷会社のオフィスで起こった出来事がすべてで、津波を経験しなかった分、また、何とか帰ることができた分、まだ"良かった"と思うべきなのではと思っています。
あの日、印刷会社のオフィスでは大きな揺れの中でA0対応のプリンターがローリングするように大きく動き、仕事をしていたフロアのパーティションが倒れるように大きくずれ、机も椅子も、フロア中の何もかもが動いていてどこか掴まる場所もない感じでしたね。エレベーターは当然のごとく停止し、外に出ることもなくフロアの中で落ち着くのを待っていましたね。携帯が通じず家族などとの連絡もできず、手持ちのラジオが報じる交通機関の不通の情報に帰ることもできず、そのまま22時30分頃までフロアの中にいましたね。
その頃に、漸く家族と連結が取れましたが、電車の運転再開の目処が立たず、オフィスの中で仮眠する手立てが準備されかかっていた中、都営大江戸線の運転再開が近いことをラジオニュースで確認、23時頃に職場を出て、 再開したばかりの大江戸線に取り敢えず乗り、東中野あたりまで行って京王電鉄の沿線にある自宅まで歩いて帰ることを考えました。
良かったことに、京王電鉄が運転再開のニュースがラジオに流れたことで、0時を回っていたかもしれませんが、動いたばかりの電車に乗って、家に帰ることが出来ました。家の状況が気掛かりでしたが壊れておらず、無事だったことにほっとしたのが、私のその日の経験でした。
その翌日も、同じ職場に出勤し、当日にできなかったことをやって、夕飯を徒歩圏内にある浅草六区のラーメン屋でで食ったのが記憶にありますが、前々日、つまり、震災の前の日に亡くなった坂上二郎(平成23(2011)年3月10日が命日)を追悼するメッセージとかが全くなく、歴代、浅草で活躍した芸人を記念する装飾に萩本欽一のみがあったことが印象的でした。
0 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年03月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031