現在、年金の財政は健全ではありません。厚生年金は強制的に天引きされるでしょうが、国民年金は納めて頂かなければなりません。過去に国民年金を払うのをやめたくなるようなことがありました。麻生太郎氏、中川昭一氏、石破茂氏、3人の閣僚は加入義務のある国民年金を未納にしていました。
国の生命線ともいえる年金改革の最中に、トップクラスが年金不払いとは、断じて、許されるものではないでしょう。国民年金の空洞化は以前から指摘されていましたが、こんなことが発生するのならばまともに払っている人は嫌になり、ますます空洞化が加速するような気がしました。何故、保険料を納めないかといえば年金制度に対する不信感でしょう。
実際に、納めても給付が保障されないと思っているのです。国民年金の未加入や保険料未納の増加に歯止めをかける狙いで、江角マキコを起用し「将来、泣いてもいいわけ」のキャッチコピーでPR活動を展開したのですが、おいおい、トップクラスの3人も加入していないし、江角マキコ自身も払って否ではないか。6億円が無駄になりました。
小泉首相も「単なるミスです。家のものに任せているとこんなこともある。悪意があるわけではないでしょう」に、福田官房長官の「うっかりしていたのだろう。未納だと分かっていれば払っていた」との発言、国民が未納していたとしたらそれで許されるのかな。政府の執行責任者としての自覚のなさが露呈された発言で、情けなくなった出来事でした。
そのような発言を聞いていると政治家と言うのは自己中心的な人間なのだなぁ〜と思うばかりです。人が人であるために備えなくてはならないものは、他人への思いやり、優しさ、愛などの感情、他者の痛みを感じる感性、自己を見つめ反省する能力、これらを訓練して備えなければならないのだと思います。特に政治家には必要だと思います。
最近の凶悪事件は傍若無人さ、自己中心的が際立っています。自己中心的な言動に凶暴性が加わり、その責任を自分以外に向けることによって残忍な殺人事件を引き起こしているようです。現在の日本社会に生きる自己中心的な醜い暗部を象徴しています。近年の犯罪は、自己中心的が主要因であることが次第に明白になっています。
傍若無人さ、自分勝手な振る舞いに世間が迷惑しているのです。自己中心的な現象は政界、官界、財界のものを含め、日本社会のすべてに蔓延しているので、自分を振り返る必要があります。タバコをポイ捨てしたことはないか。夜中に騒音を出したことがないか。疲れているからと老人に席を譲らなかったことはないか。
小さなルール、マナーを小さいことだからと破ったことはないか。他人への思いやりを持っているか。他人への優しさを持っているか。他人の痛みを考えているか。自分の悪い行いを反省しているか。他人へ向けて責任転嫁していないか。政治、経済、社会、教育、ジャーナリズムも、我々、一般国民の生活も自己中心的人間が猛威をふるっているのです。
善悪を見極める能力を備えさせる責任が今の我々に課せられているのです。それを第一に行うのは個々の人間であり、次に地域社会が代行する義務を負うのです。そして政治家は親代わりという、そのような心構えが必要だと思います。
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