私が子供の頃は、くみ取り式の便所で、市川の実家はただ黒々とした穴が開き、裸電球の光で糞尿がごぼりごぼりと波打つのが見える、という気持ち悪さだったが、昭和五十年代のお寺の便所はやたら重たい、黒光りした木製のフタそのものが恐怖の対象であった。
用を足す時はフタを外して、後ろへ立てかけて、和式にまたがるのだが、その過程がたまらなく恐ろしかった。
フタを外したら何かが出てくるという妄想にとりつかれていたからだ。
オヤジは怪奇マンガの読み過ぎだと取り合わなかったが、祖父は祖父でいちいち便所がらみの怪談を嬉しそうに語って聞かせるものだから、妄想はますますひどくなった。
つのだじろう先生の「亡霊学級」でくみ取り式便所に落ちて死んだ子供が、脅かした子供を引きずり込んで殺すという話を読んでからはもうダメで、裏庭に回って野糞を垂れるようになった。
そんな私に感化されたのか、ある檀家はビクビクしながら便所を借りていたものだが、ある日、ケツに和紙(当時はトイレットペーパーではなく、柔らかい和紙をおしりふきに使っていた)を突っ込んだまま、檀家が悲鳴をあげて便所から飛び出してきた。
「便器の中から誰かが見上げている!!」
それでオヤジが見に行ったら、区の清掃員だったというオチ。
普通の民家はポンプで吸い上げるだけだが、お寺は縁の下が深いので、人一人入っていける余裕があって、そこに潜り込んでいってポンプで吸い上げるのである。
恐らく、幼い私は何かのひょうしに清掃員を目撃したのだ。
その記憶が恐ろしい妄想に膨れあがっていったというわけであった。
現在は三度目のリフォームで、TOTOの最新式ウォシュレット(脇に小便器付きという豪華さ)になって、どこをひっくり返してもお化けにとりつかれる要素はないが、ドアの向こう側で子犬たちにいきなり吠えられた時はびっくりしてうんこがどさあと勢いよく出てしまった。
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