犬神チルドレンの一人が夏休みの自由研究で「人は死んだらどうなるのか?」をテーマにするというのを聞いて、犬神図書館としては数多くの書物はあれど、たった1冊の本しか薦めなかった。
水木しげる先生の「怪奇死人帳」である。
私が小学生時代を過ごした70年代は、死後の世界というと、中岡俊哉、黒田みのるといったメンツ(TVでは「あなたの知らない世界」の新倉イワオ)が熱心に論じていたものだが、私は横を向いて嗤うだけで、霊の存在を信じなかった。
しかし、水木しげる先生描く死後の世界は信じたのである。
一体どういうことなのか。
死んだらこうなるから何々しなさい、という説教臭さがなくて、死んだらこういう世界が待っているという「無常観」が当時の私の心を打ったのだ。
賭け将棋が好きなお茶目な死神のじいさん(画像の杖の老人がそれ)に連れられて、早死にした不幸な毒娘(敵を殺すために毒のなかで育てられた少女。N・ホーソーンの「ラパチーニの娘」が元になっている)とともに死後の世界を訪れる主人公。
その死後の世界の描き方が、限りなく醒めていたのであった。
燃え狂う炎のなかでもなく、冷え冷えとした寂しい砂漠でもなく、ドレ描くロマンティックな天上界のイメージでもなく、今まで観たこともないような、摩訶不思議な、シュルレアリスティックな世界なのだ。西洋、東洋、どの国の死後の世界にも当てはまらない世界を持ってきたのはなぜか?
それは、水木しげる先生のドライな観念によるものだ。
即ち、自分はまだ一度も死んだことがない。
一度もあの世を観たことがない。
だから、あの世は観たことのないような世界であるべきだ・・・
そういう想像力の無常観こそが、子供心に説得力を感じたのであった。
死んで生きていたあいだの世界を想うより、生きて死んだあとの世界を想え。そこに私は人間のほんとうの価値のひとつを見出すと確信している。
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