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2018年08月29日22:23

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耳の奥深くに潜むもの。

SPEED今井絵理子、聴覚障がいのある息子との6年間が放映され大きな感動呼ぶ
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私は聴覚障害者である。先天性で障害者手帳は三級だ。ちなみに両耳とも90デジベルレベルで、笛や悲鳴などの高い音でないと聞き取れない。
私が通った聾学校は市川の国府台にある聾学校だった。
当時は手話よりも口話が主流で、「補聴器をつけた上で、相手の唇を読み取り、音声も聞き分けて、何を言っているのかを理解する」という訓練に明け暮れる毎日だった。
すべて、自立出来るためのものだったから、辛くても歯の根を噛んでても耐えるしかなかった。

生活に必要な実際的なものはそうやって身につけていったのだが、聾学校で育った「心」はどんなものを得たのだろうか?

ズバリ、想像力と妄想、空想、そしてあまりにも突き抜けた想像力が見せる幻視であった。

幼かった私はすでに自分が他の人間たちと違う人間だと分かっていた。
祈祷師をやっていた母方の親戚に榊の葉っぱで頭を撫でられ、「この子は七つになるまで満足に喋ることは出来ないだろう」などと言われたと母から聞かされた時は、妙な誇りを感じたものだ。実際に喋れたのは二歳になったばかりの頃なのだが、正しい発音を覚えたのは実に十歳になった時であった。

満足に喋ることが出来なければ、肉親とさえ緊密なコミュニケーションがとれない。筆談という手段はワンクッションをおいてのものだったので、あくまでも直接的なつながりにはならなかった。

それで、幼い頃は本だけが友達であり親だった。

それも怪奇と幻想のあやしげな本を好んだので、私が幻視を見るようになったのも当然の帰結であったろう。
三歳にして、従姉が所有していたひばり書房の怪奇マンガを読破し、特に日野日出志先生の「わたしの赤ちゃん」、「赤い花」には妙に癒やされる生温かさを感じた。
そうやって、私の心に感覚的に直結する作品を積み重ねていって、心の成長とともに、肉体もライフ・ツールとしてまあまあ使えるように逞しくなっていった。

即ち、肉親だけでなく、見知らぬ他人ともフランクに話せるようになったのである。
小学三年生。
初めての健聴者の友達が出来た学年だった。
テレビ番組の「ケンちゃんチャコちゃん」シリーズ、「あばれはっちゃく」シリーズで勉強し、覚えた普通の子供らしさを駆使しておつきあいしたので、表向きは明るい生徒として過ごせた。

しかし、家に帰ると、自分が普通の子供になりたがっている、憧れている、自分が障害者だということを恥じている、耳が悪いことを呪うといった感情がごちゃ混ぜになり、その感情のスパークが幻視のきっかけになった。

耳が聞こえないのは、耳の奥深くに一匹の蛇がとぐろを巻いているからだという妄念が現実的な感触になり、耳から蛇がずるずると這い出てくるのを生々しく感じるのだ。

そうやって耳が空っぽになった後は、一陣の風が頭のなかを吹き抜け、無数の魑魅魍魎、百鬼夜行が騒ぎ出し、何やらみだらにも楽しい気分になり、真夜中でも外に飛び出して踊り狂いたい衝動にかられる。

実際、当時の私は真夜中に衝動的に自転車で外へ飛び出し、疲れ切るまで江戸川沿いを猛スピードで行ったり来たりを繰り返していた。

そのあたりの経験を一人の聴覚障害児童の心の実録として、「耳の奥深くに潜むもの」という題名で400字詰の原稿用紙に八百枚ほど書いて、NHK教育の「聴力障害者の時間」宛に送った。以前、聾学校の幼稚部時代に番組出演の依頼が来て、面接した結果出演出来なかったいきさつがあり、その時にもらった名刺を元に「すべての子供に笑顔があるわけではありません」と手紙を添えて送ったのだが、隣接する国府台病院にて精神カウンセリングを受ける羽目になった。

他の聴覚障害児童と違って、なぜこの子だけがこんなにグロテスクな妄想を抱くのだろう?我々の教育に何か問題があるのだろうか?

大人たちのそういう心配は杞憂に終わり、私の精神状態は医学的に全く正常であることが判明したが、国府台病院の精神病院としての側面を直視した私の想像力はさらなるグロテスクさを増していった。

そんな子供だった私を地上につなぎ止めていたのは、恋愛と性欲だった。幼い頃から異性に多大な興味を抱いていた私は、女の子と仲良くなりたいがために、マナーとエチケットとともに口話訓練に一生懸命になっていた部分があったので、かろうじて反社会的行動に走らずに済んだ。

抑えがたいグロテスクな衝動も成長するにつれて、絵画、文章に昇華するすべを覚えていき、耳の奥深くに潜む一匹の蛇は、ようやく、一人の人間に“脱皮”することが出来た。

それが今の私である。

ニュースの番組も含めて、いかに障害を克服していくかを描くのはドキュメンタリー、ドラマとして見応えがあるかもしれない。
しかし、当事者にとっては、ほんとうに死んだ方がましなくらい、辛く苦しいものなのだ。そのあたりは、感動するより、自分たちも同じ目にあってみろと、今でも私は心の底から思う。

従って、私は感動を押し売りするような安っぽいつくりの番組は信用しない。

以前、酒井法子主演の「星の金貨」に感動した初対面の方から、私のために一生懸命勉強したという手話を得意げに披露されたことがあり、ほんとうに不愉快に感じたことがある。
私は手話が分からない、今となっては珍しいタイプの聴覚障害者なのだが、障害を個性と感じたことはただの一度もない。
むしろ、ハンディキャップを他の能力で埋め合わせをする強烈な何かが必要なのだ。
それを得るために、幼い聴覚障害の子供たちは、私と同じような“蛇”を耳の奥深くに潜ませるべきだろう。

健聴者とのギャップに悩み苦しむ君たちのために、悩み苦しんだ私の心を幾度も救った言葉を以下に。

Every man who has reached even his intellectual teens begins to suspect that life is no force; that it flowers and fructifies on the contrary out of the profoundest tragic depths of the essential dearth in which its subject´s roots are plunged. The natural inheritance of everyone who is capable of spiritual life is an unsubdued forest where the wolf howls and the obscene bird of night chatters.

分別のつく十代に達した者ならば誰でも疑い始めるものだ。人生は道化芝居ではないし、お上品な喜劇でもない。それどころか人生は、それを生きる者が根を下ろしている本質的な空虚という、いと深い悲劇の地の底で花を開き、実を結ぶのではないかと。精神生活の可能なすべての人間が生まれながらに受け継いでいるのは、狼が吠え、夜のみだらな鳥が啼く、騒然たる森なのだ。


ホセ・ドノソ著「夜のみだらな鳥」(集英社)の冒頭に掲げられているヘンリー・ジェイムズの書簡からの引用で、明るさ、希望といったプラスなことだけが前に進む材料にならないことを知って欲しい。
ドロドロした妄念、怨念、すべてのマイナスな感情も人生の原動力になりうることも。

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