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2018年07月08日18:41

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半自伝小説 「聖ジュネ」 Saint Genet 5.

「人々の言うところによれば、天王星では大気がじつに重いので、羊歯類は地面を伝って延びる纏繞形態をとり、動物は各種のガス体の重みに圧しつけられて、辛うじて身を引きずっているらしい。この絶えず這いつくばっている屈辱の生きものたちの中に、わたしは入り混りたいと思う。もし転生によって自分の棲む世界を自由に変えることが許されるのなら、わたしはこの呪われた遊星を選び、わたしと同じ種族の徒刑囚たちと一緒にそこへ行って暮すだろう。醜怪きわまる爬虫類に取巻かれ、植物の葉は黒く、沼の水はどろどろして冷たい、その暗闇の中で、わたしは果てしのない惨めな死の生存を続けるのだ。わたしには睡眠は決して与えられないだろう。ところが不幸どころか、わたしはますます曇りない意識をもって、優しく微笑むアリゲーターたちのけがらわしい同胞愛にとり巻かれているだろう」

ジャン・ジュネ 「泥棒日記」




以下の記述を読んだのは、市立歴史博物館の図書室であった。

アフリカの部族のひとつ、ボデー族。
牛のはらわたを裂き、腸についた血で吉凶を占う。
魔よけとして、お互いの顔にヨーグルトを吹きかける。
自らを「メーエン(人間)」と称して、他の部族と徹底して区別している。

小学生の時に読んだそれ、それもほんのチラ読みしたものをいつまでも覚えているのは奇妙なことだった。

自らを「メーエン(人間)」と称して、他の部族と徹底して区別している。

何と、私の心身に染み入る記述であろうか。
同じ人の姿でありながら、周囲とは違った存在である己。
なおかつ、他の誰よりもはるかに人間なのだ。

そのような存在であるためには、自らを厳しく戒律しなければならない。そうした上で、自分自身を“裏切る”こと。そこに人間性というものが如実に現れる・・・

若さにまかせて、誰かに一目惚れし、ハメ合い、燃え上がるのはメーエンのすることではない。メーエンは思いもよらぬところから憎まれ、ブチ込まれ、冷め切らなければいけないのだ。その瞬間心の底から沸き上がる幾重にも絡み合ったそれ。

それこそが人間としてメーエンを裏切って、自らを貶めることで得られる、コミュニケーション上のセックスであり、冒険なのだ。

その姉弟は双生児のようによく似ていた。
文通を介して姉と知り合い、姉の希望で交換ノートを続けることになったのだが、私は近況をありのままに報告するようなことはせず、ひたすら今日は何に勃起したとか、出来る限り勃起対象の画像をコピーしてノートの余白に貼っていた。
それは男性にありがちの女体に限らず、苔むした廃墟だとか、団子になった蛇のかたまりだとか、挙げ句の果ては骨と内臓が透けて見える深海魚の写真だったので、姉は面白がっていた。
弟は最初、私のことを嫌っていた。無理もない、サッカーの練習で疲れて帰ると、おやつに甘いプティングを作ってくれる姉が、日々、視線を自分から逸らしていくばかりか、気持ち悪いものに興味を持ちだしていったのだから。

関係が歪みだしたきっかけは熱帯魚だった。

当時、私はゴールデンアロワナを飼っていた。巨大な水槽のなかでじっと佇み、食餌の際は激しく水を跳ね散らすそれに魅了されたのは、姉ではなく弟の方だった。私の視線はアロワナ、アロワナを通して、限られた空間に囚われたものにとっての自己脱出のシミュレーションに向けられていたのだが、姉は水槽に背を向けて私のペニスをしゃぶっていた。あなたに合わせてあげたんだから、私をもっと見てと言わんばかりの勢いで無心にしゃぶり続ける・・・
しかしそうした肉体的刺激よりも、私は弟と一緒に亀戸の熱帯魚輸入店に様々な熱帯魚を観に行ったことを思い浮かべることで勃起していた。
水槽の輝きのなかで興奮のあまり紅潮する弟の白い肌・・・姉によく似て整った美形に、輝きが反射して部分的に金色に輝く髪・・・サッカーで鍛えたしなやかな身体つき・・・私の視線に気づいた弟は意見を求められていると思ったのか、「かっこいいね、アリゲーターガー!!」と嬉しそうに言った。

美を共有するということはそれだけで性的関係を持つ以上の仲になる。

面白がるだけではだめなのだ。
何かに純粋に浸れるものを共有しなくては。
愛と快楽を求めるだけではだめなのだ。
何かにストイックなまでに没入することを分かち合わなくては。

そのことに気づいた姉は弟につらくあたるようになった。つらくあたる自分自身を恥じ、罪悪感を感じる姉は私に思いっきり殴るか、踏みつけるかしてちょうだいと懇願した。私は小悪魔を踏みつける仁王像のように全体重をかけ両脚で背中と頭の上に仁王立ちすることで応えた。足の裏で姉が呼吸困難に陥るのを感じて、私は降り、姉を抱きかかえてベッドに運ぶと踏みかためられてしまった肩胛骨の裏に四指を突き入れて正しい位置に戻したり、歪んだ骨盤を揉みほぐしたりして念入りにケアした。

そんな姉に今度は弟の方が嫉妬した。
「熱帯魚を一緒に眺めてるだけじゃだめなのかい」と私。
「うん、何かこう、もっとそれ以上のことを」と弟。
当時の私はホモセックスは未経験であったが、やり方は本で読んで知っていた。
しかし、いきなりケツにブチ込む真似は、はっきり言って無粋である。私は切腹の話を持ち出し、共腹について言及した。二人向き合って腹を切って共に果てるというものだ。そのために色々な準備をする。下剤を飲み腸内をきれいにし、水風呂に入って身を清める。そうしてお互いはらわたをブチまけ合うのだ。
その通りにした私たちは、お互い裸で抱き合って、レスリングをするように荒々しく組み合った。お互い動きが緩慢になり、ピクリとも動かなくなった頃には、弟の肛門は歪んだ十字が刻まれたように裂け、鈍い色の血を流していた。布団には黄色みがかった精液がへっとりついていたが、私のか、弟のか、分からなかった。

姉弟との関係は姉が嫁ぎ、弟が嫁を迎えるまで、実に15年も続いたが、当時、高校一年生になったばかりの私は、ゴールデンアロワナやアリゲーターガーが泳ぐ密林の川のなかに一人で立つのを夢想しつつ、メーエンは愛など求めないのだと自分に言い聞かせていた。
素直に愛を求めないことで、複雑にからみあった感情が欲しい。
自意識にとりつかれた愛など、無意味なものはない。
お互いに燃え上がるよりも、お互いの首を絞め、お互いのはらわたをかきだし合うような、死に向かって冷め切るような関係こそが生の感触を得られるのだ。

それこそが人間にとってのほんとうの愛。


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