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2018年07月05日15:59

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半自伝小説 「聖ジュネ」 Saint Genet 2.

視線のピンに刺され、コルクの上にとめられた蝶たる彼は、裸で、世間の人はみな彼を見ることができ、彼の上に唾をはきかけることができる。大人の視線は一つの構成する力であり、彼を構成された自然に変えた。だがいま生きなければならない。さらしものにされ、首枷をはめられているけれども、やはりなお生きなければならないのだ。われわれは粘土の塊ではない。大切なことは、人がわれわれでもってつくりあげるものではない。人がわれわれでつくりあげるものでわれわれ自身をつくりあげることの方が大切なのである。


サリドマイドの奇形の美少女は、奇怪にねじ曲がった右腕、左足は根元からすっぱり切除され、まともな左腕、右足で日常生活を送る、不具の美少女に変身を遂げ、コールタールの匂いが立ち上る木造の床の上に置かれた木製の椅子に座り、金色に輝くサキソフォンを抱きかかえるようにして吹き鳴らしていた。

彼女との美しい日々を私は水彩画に描きあらわしていた。

水彩画のなかの彼女は、切除される前の素晴らしくシュルレアリスティックな腕と足を生やして、両手でしっかりサキソフォンを持ち、美しい唇で吹き鳴らしていた。
絵のなかの私自身は、骸骨だった。
背後の闇のなかから両手を伸ばし、彼女の乳房と陰部に手を差し込んでいた。

これが私と彼女のほんとうの姿だったのだ。

演奏が終わると、彼女はいつものように“骸骨”の胸に顔を寄せ、ベッドの上で一本ずつの手足を絡ませ、悩ましげに肋骨を撫でてくる。

「わたしにはあなたしかいない」
「あなたにはわたししかいない」

と、囁き合う関係を結ぶことは、私たちにとっては「破滅」を意味していた。お互いを独占したがることは、結局、お互いを愛していないことだと知っていたからだ。とどのつまり、自分だけを愛しているに過ぎないのだと。

振り返るな、ただ、相手の喉を咬み、相手の心臓から流れる血を啜れ。

だから、彼女は私以外の少年たちとも寝た。ただし、膣は多くの兄弟を生み出したが、肛門は私だけにしか許さなかった。
そんな彼女の心に、私は他の少年、少女たちのなかでは決して果てないことで応えた。

私たちはお互い手を取り合い、多くの少年少女たちの骸の上に立ち、暗黒のうちからまっすぐ闇のなかを見つめるのだ。


シモーヌはふだんは平凡な性格だ。大柄な美人で、眼つきにも声つきにも自暴的なところはすこしもない。だが官能への欲求があまりに烈しいため、些細な刺戟にも表情は一変し、血行は早まり、不意の恐怖に襲われ、犯行へと、絶えず幸福と安寧を破滅に陥れる行動へと突っ走るのだ。

ジョルジュ・バタイユ「眼球譚」


もうひとりの彼女はあることが忘れられなかった。
小学校の体育館、舞台裏の通路の闇のなかで、思いもよらない角度からくんくんと匂いを嗅がれ、想像だにしない位置から両手が伸びてきて、服の下に蛇のように這い込み、乳首を撫でたり、膣口をなぞったり・・・

それから急に唇を吸われ、舌をからませ、唾液の味を知られてしまう・・・

いつの間にか服だけでなく下着まで脱がされ、裸で不安になっているところを、もうひとりの裸にしっかり抱きしめられ・・・

そのことを記憶のとばりのなかで反芻する度に、彼女は息づかいが荒くなり、右手で膣口を押し広げ、左手で陰核を剥き、膣口から溢れるものを塗りつけて先が固く尖るまで擦る。そうして、もうひとりの裸が闇のなかで噛んだ感触になぞって、思いっきりつまみあげる・・・

彼女は泣き声と叫び声が入り交じった濡れた啼き方をし、小刻みに震えながら小便を漏らす・・・

自慰は彼女にとって恥辱だった。
なぜ恥ずべきものなのか?
自分が自分でなくなるからだった。
自分があっさり地上から羽ばたいて、どこか遠くへ飛んで行こうとするからであった。
だから、地上に自分自身を繋ぎ止めるために、啼き、それから激しい自己嫌悪に耽るのだ。

あなたがこんなことをしなければ、私は何も知らずに済んだのに、と彼女は手紙に書いてきた。目の前で読めと言われて、私は彼女と文面を交互に見ながら、最後まで読んだ。私はていねいに文面を折り畳み、封筒にしまうと、「うん」と彼女に突き返した。
「小学校の頃は君の身体に興味があったから、ああいうことをしたんだ・・・で、今は」
と、私はセーラー服のなかの彼女の肢体を思い浮かべながら、「君の心に興味がある」と言った。
「お互い裸になっても、まだ脱ぐものがあるんだ・・・心を脱いだ君が見てみたい」

その瞬間、彼女は目を大きく見開き、すぐに顔をそむけ、思いっきり走り出してそのまま視界から消えてしまった。

しかし、次の日、すぐに彼女からの手紙が机のなかに入っていた。私はそれを持ち帰り、わざわざ押し入れのなかに入って、懐中電灯ので照らしながら読んだ。
そこには「私のことが好き?」と書かれてあった。
すぐに私は返事を書いた。
「君の悶える顔がとても好きだ」と。

怒ったらしく、しばらく返事はこなかった。

私がそれまでなかった美術部を創設し、放課後一人でせっせと絵を描くようになってから、久しぶりに机のなかに手紙が入っていた。
「私の悶える顔って変?」
この時もすぐに返事を書いた。
「ほんとうの顔なんだから、ちっとも変じゃない。素晴らしく美しい」と。

油彩画に挑戦し始めてしばらくたった頃、部活を終えて校門を出ようとしたら、校門の陰で彼女が待っていた。
私は彼女を自分の家に連れ帰り、部屋でお互い裸になった。
裸になった彼女は、自分がどのように自慰に耽っているか、また、最近どんな夢を見たかを語りながら、目をらんらんと輝かせながら、心の内側に潜むほんとうの顔を思いっきり見せた。

それを見て、私は悪のもうひとつの魅力に気づいた・・・



こんにち。
少年少女は、ほんとうの顔をそれぞれの性器以上に隠す。
携帯電話やスカイプでお互いの性器をさらしても、ほんとうの顔は見せない。
心を脱ぐのは相手を選ぶべきだからだ。
純然たる悪とは肉欲ではない。
淫らな妄想でもない。

愛欲は、愛するものがそれによって相手を自分に合体させるために、愛されるものからその存在を盗む不思議な一つの儀式なのだ。

ジュネが愛する美少年のようになりたいと望む瞬間。
自らを愛するものとして、生まれて初めて認める、この瞬間。

私は少年少女に今現在、どれだけ自分が好きかと問う。
彼ら、彼女らは、返事に詰まる・・・
簡単なことだ、自分に満足していない、即ち、不満であることは自己愛の裏返しなのだ。おまえたちは死ぬまで決して満足することはないだろう、自分という存在に囚われることは永久にないのだ。

だからこそ、相手を選んでほんとうの顔を見せる、心を脱いだほんとうの自分に「進化」する瞬間は、生きる上で必要なことなのだ・・・

不具の美少女の肛門のなかに射精し、少女の小便を顔に浴び、少年の精液を手のひらに滴らせた少年時代の私は、相手のほんとうの顔に自分の顔を重ね合わせ、骸骨が慌てて人の皮を被るように、私自身のほんとうの顔と向き合おうともがいていた。

模範的な生き方よりも強烈、かつ虚しいエゴイズムの方が重大な意味があったのである。

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