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2018年07月02日13:33

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オリジナル小説 「Die Schleife auf dem Lop Lop」

回転木馬(カルーセル)に乗るもの

今朝目覚めると死んだはずの妹がドーム型の鳥籠を手にしており、私の目のなかから飛び出していったかのように背を向けながら波打つ草原へ駆け出していった。鳥籠のなかは空だった。「ロニー、ロプロプはどこだ?」私の声に妹は背を向けたまま、「あそこ!」と前方を指さした。そこには丘が広がっており、今まで見たこともないような回転木馬(カルーセル)が廻っていた。凍りついた笑みを浮かべる馬のひとつにロプロプが乗っていた。

ロプロプ、それは、

飛ぶ。

廻る。

啼く。

生きる。

死ぬ。

そして、

甦る。

「So ist es(そういうこと).」

衝突する自分自身

ロニーが白い馬に乗り、私は青い馬に乗った。ロプロプは赤い馬に乗っている。いちばん内側の白い馬の列は遅く、真ん中の青い馬の列はやや速く、いちばん外側の赤い馬の列はとても速く。私自身か誰かは分からないが、突然何かとぶつかったような気がした。逆方向に廻ってきた自分自身と衝突することなどありえるだろうか?回転木馬(カルーセル)はしばしばそんな錯覚を生む。

「So ist es(そういうこと).」

赤い馬が逆回転をし始め、ロプロプが後ろ向きに去りながら突き出した人差し指を振ってみせた。

明日見る夢を昨日のうちに見る方法

回転木馬(カルーセル)がゆっくり停まり、私は向こう側にいるはずのロニーの姿を求めた。しかしロニーはどこにも見当たらず、代わりに軸の座る部分に大勢の少女たちが手をつないで腰かけていた。やけに白い少女たちは無言で、まるでデルヴォーの絵のような冷たい無表情を前方に向けていた。昨日夢のなかで見たような気がしたが、明日はもっとはっきりするだろう。

ロプロプが足取りも軽やかに少女たちの頭を愛しそうに撫でながら廻ってくる。「彼女たちは夜の跫(あしおと)だ」なるほど、確かに彼女たちの目が物語っていた。

少女たちの早すぎる成熟性

私はひとつの説を思い出していた。少女は産まれながらにして母親であると。未熟な子宮を有しつつ、心のなかの子宮は熟れきっていて、多くの霊(レギオン)を秘めているのだと。ロニーもそうだった。夜になるといつも想像力を働かせてびっくりするような夢を見て、それを次の日嬉々として聞かせていた。想像したことは精神的に現実である。夢は第二の人生である。従って、私は時々母親になったロニーと会っていたことになる。

ロプロプが相槌を打ち、「ロニーの子供たちはとても魅力的だ。いつも砂漠の隊商を追いかけている」と感心してみせた。

ア・バオ・ア・クゥーは必ずしも踵に潜んでいない

私のなかでロニーは急速に老い、ロニーの子供たちは大人になって、同じ速度で老い、私はすっかり置いてきぼりにされてしまった。寂しさのあまり涙を流すと、ロプロプが私の手をひき、軸のなかにある扉へ案内してくれた。「この先はジャイナ教の勝利の塔に通じている。そのてっぺんに上れば円形のテラスがある。そこでロニーは君の知っている妹のままで地平線の彼方を眺めている。上っていく時、ア・バオ・ア・クゥーが君の踵に潜むだろう。でも」

そこでロプロプは鳥がよくやるように首をかしげ、意味ありげに囁いた。「ア・バオ・ア・クゥーは必ずしも踵に潜んでいない。すべて試練なのだ」

空間を短縮して時間を伸ばす

私はてっぺんに続く螺旋階段を上り始めた。先は果てしなかったが、私はアストロラーベを持っていた。イスパハンで祖父が買ってきた旅行土産で、手のひらに乗る大きさの金属の球体だ。何層にも組み合わされた多重の球体で、いちばん外側の目盛りを回すと同時に下の球体が廻り、照準器を目盛りに合わせるといちばん内側の小さな球体が正しい位置を示してくれるのだ。私はア・バオ・ア・クゥーが背後にぴったりくっついて袖を引っ張るのも気にせず、アストロラーベで塔のてっぺんを指し示し、小さな球体が導くままに近道を通った。苦も無く円形のテラスに着き、私はそこに愛しい妹、ロニーの姿を認めた。

ハチドリに変化したロプロプが羽ばたき、「賢い子だ、我思うゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)、か。でも正しくは我思うと我思う、故に我ありと我思う(コギト・コギト・エルゴ・コギト・スム)、なのだよ。君がそう望んでも君自身が邪魔する。その証拠に君はこの時間に存在しない」と告げ、「So ist es(そういうこと).」と結んだ。

私は螺旋階段をア・バオ・ア・クゥーとともに転がり落ち、アストロラーベは砕け散り、身体のあちこちをひどく打った。ア・バオ・ア・クゥーは絹の擦れるような声をたてて死んだ。

やり直し、スローモーションで

せっかくいい夢を見ていたのに途中で起きてしまった不愉快な想いはどなたにもおありであろう、そこで決してやってはいけないのは、力技でもう一度眠ろうとすることだ。それで夢の続きを見られるとは限らない。全然の別の夢を見てしまう確率が高い。そこで確実にやり直すためには、すべての動作をスローモーションにする必要がある。意識は速くとも、瞼を閉じるのはその何百倍、何千倍と時間をかけなければいけない。そうしないと精度が合わないのだ。

どこかでロプロプが拍手した。

私たちのなかを通り過ぎるもの

全身全霊をかけて気の遠くなるような時間をかけて瞼を閉じていくと、ふいにロニーとスローモーションごっこをしたことを思い出した。何かの映画で観たスローモーションのシーンを真似して遊んだのである。花咲く草原を風が普通に駆け抜け、蝶が飛び交うなか、私とロニーは筋肉に多大な負担をかけながらゆっくりゆっくり動いた。「ロロロニニニー」と私がエコーをきかせて呼びかければ、ロニーも「マママッッックククススス」と応える。そこで私たちのなかを通り過ぎたものは。失われた時間であったか、それとも新しく設計された内部風景(ペサージュ・アンテリュール)から吹く風であったか。

ロプロプは歌う。

昨日の私はだあれ?
今日の私はだあれ?
明日の私はだあれ?
昔のあなたはほんとにあなた?
今のあなたはほんとにあなた?
先のあなたはほんとにあなたのまま?

「So ist es(そういうこと).」

妹の無重力性

時々、ロニーには地球の重力、引力が働いてはいないのではあるまいかという想いにとらわれる。足はしっかり地にはついているのだが、そうしているふりをしているに過ぎないのではないだろうか。そしてそれ以上に妹の心は地上にはつなぎとめられていないのではないだろうか。そういう想いに至ったのは、妹が大変感激屋で、何かある度に泣きわめくからであった。泣くことでようやく地上との接点を見出す。雲が雨を降らすのと同じように、宙に浮かぶロニーは涙を流すのだと。

ロプロプは誤りを指摘する。「雨が雲を作るように、涙がロニーを産み出したのだ」

妹の不完全性

後、ロニーは私より遅く生まれてきたので、当然私はロニーが赤ん坊だった頃を見ている。初めてちんちくりんな、奇妙に蠢く生き物を見た時、私は父がよく見せてくれたキューピッドの絵と全く一致しないことに驚愕していた。顔かたちは似ているのだが、何よりキューピッドにも私にもある男性器がないことに恐怖感さえ覚えた。女の子だからと説明されても私は長く妹を不完全な、不具者だと見なしていた。私の肋骨は一本足りないに違いない、ロニーは私の肋骨から生まれてきたのだという想いが今でも脳の奥にへばりついている。

ロプロプは何か秘密を当てられたように羽根で顔を覆い隠していた。

再会、そして続き

ロプロプがさっと飛び、そのままロニーの手にしている鳥籠のなかに入った。ロニーは確かにこの世からいなくなってしまったが、私の内部風景(ペサージュ・アンテリュール)のなかにいる。私のかわいがっていたインコが死んだ日にロニーが生まれたように、ロニーが死んだ日に私はロプロプを鮮やかに思い出したのだ。時間と空間を通り過ぎた私ももうすぐこの世からいなくなるだろう、しかし、私の内部風景(ペサージュ・アンテリュール)はロプロプとともに永遠にこの世を飛び廻るだろう。

ロプロプ、それは、

飛ぶ。

廻る。

啼く。

生きる。

死ぬ。

そして、

甦る。

「So ist es(そういうこと).」

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