■アナウンサーの酒井広さん死去
(時事通信社 - 04月22日 15:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4540302
酒井広と言えば、NHKでは主に社会・家庭教養番組の司会者を務めていて、「こんにちは奥さん」、「お達者くらぶ」などと言った比較的地味な番組を担当し、NHKのアナウンサーの中でも堅いイメージのあった人でしたが、昭和50年代半ばごろまで民放各局が主に平日午後の情報ワイド番組の司会者にNHKの花形アナウンサーを競って招聘していた時代、日テレがこの人を新しいワイドショーの司会者に抜擢すると言う話が伝わった当時、こうした地味で教養のある印象の人物までも民放に引き抜かれるのかと、当時驚いた記憶がありますね。
小川宏や木島則夫、八木治郎と言った人々が民放に転じて朝のワイドショーの司会者として成功し、午後のワイドショーでTBSが「それは私です」、「スタジオ102」、「連想ゲーム」などの司会で知られた野村泰治を「3時にあいましょう」司会者に抜擢して成功を収めたのを横目にした日テレとしても、それに対抗しうる人材をと考えていた中で起用し「うわさのスタジオ」と言う番組を立ち上げたのですが、堅くて教養番組のイメージの強いこの人にはいくらか場違いな感じがしましたね。
参議院選挙に出て落選し、放送の世界の第一線から退いた後は講演会やイベントの司会業等に活躍の中心の場を移し、話し方教室の主宰者にもなっていたようでしたが、後に同様の番組の司会者となった生方恵一(「ミソラ事件」で知られることとなった)同様、日テレはNHK出身者に暫くは若干苦労した感じとなったようですね。
こうした流れは草野仁や大塚範一(いずれもスポーツ番組のアナウンサーとして知られていた)あたりを最後に影を潜めましたが、民放に順応できていたか否かなどで明暗が分かれた感じがありましたね。
しかし91歳、そんな年齢になっていましたか。ある意味、“大往生”だったのでしょうかね。
ご冥福をお祈りいたします。合掌。
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