『海皇様の海龍愛玩大作戦』第2話
「…というわけで、おれは今日一日、子供になった」
公邸に出勤してきたカノンの秘書官や補佐官たちは、幼児に姿を変えた上司から説明を受けた。カノンの前に居並ぶ彼らは、礼儀正しく無表情を保っている者、海皇のやらかしに目を点にさせている者、真っ青になって冷や汗を流している者、笑いをかみ殺している者…という具合で反応はそれぞれだった。
「そういうわけなので、今日は面会とかは無理だ。急病ということで断ってくれ。予定の変更を頼む」
皆に事情を説明するカノンはというと、執務机の前に据えられた椅子に座ったポセイドンの、さらにその膝の上に座っている。見た目十六歳の美少年ジュリアンなポセイドンは、ミディアムグレーのヘリンボーン地のハリスツイードで作られたスーツをびしりと着込んで、白地に明るいグリーンのウィンドウ・ペン柄のシャツにモスグリーンのニットを合わせている。胸元はえんじ色のアスコットタイで、足元は存在感の大きいウィングチップの黒の革靴だ。衣装のせいか実年齢よりも大人びて見えるその姿で、己の膝の上に幼児化させたカノンを座らせて、よしよしと海皇は彼を人形のように愛玩しているのであった。人であるカノンの補佐官たちの好奇の目線など神が気にするところではない。
「…今日はヘタイロイ連合の大使との会談が…」
「日を変えろ」
「午後から造船所の視察が…」
「アルトゥール、お前が代理で行け」
「夜にはポセイドニア商工会議所の面々と会食の予定が…」
「欠席すると伝えろ。クリストファー、おれの代理を頼む」
「夜半にロドピス嬢が来ることに…」
「…今夜は無理っ。使いを出してくれ」
公務の数々の要件の間に突然に出てきた女性の名前にポセイドンが眉を上げた。
「なんだ、シードラゴン?懇意にしておる遊女(ヘタイラ)でもおるのか?」
「…いや、その…まぁ…」
もごもごと口をつぐんだカノンの頭に、ポセイドンはにこやかに頬ずりした。
「まぁ、よい。お前も立派な成人男性ゆえな。女遊びくらいは大目に見てやろう」
夫の浮気沙汰に目をつぶる寛容な正妻のような口ぶりで、ポセイドンはカノンの下半身事情を鷹揚に許した。カノンとしては、ポセイドンに認めてもらう必要など感じないのだが。
「書類仕事はするから、お前たちが運んできてくれ。外から来る人間は面会を断れ」
と言って仕事に取りかかろうとしたカノンは、迷惑そうな目でポセイドンを仰ぎ見た。
「…というわけで執務にかかります。ポセイドン様、放していただけますか?」
「なぜだ?書類に目を通すだけならこのままでもできるだろう?私の膝の上でするがよい」
「……」
こうしてカノンは、ポセイドンの膝の上に抱かれたまま、午前中の執務をする羽目になった。時折、カノンの太ももや腰を怪しげに撫でてくる海皇の手をウザったそうに払いのけながら、カノンは報告書を読み、サインをし、命令書を口述筆記させていった。仕事内容についてポセイドンが口を出さないのが不幸中の幸いか、と、カノンは無理やりに自分を慰め、納得させたのだった。
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