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2016年10月16日02:59

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『確率二分の一の選択』第4話

『確率二分の一の選択』第4話

 アテネでも最高級の五つ星ホテルである「ホテル・グランドブルターニュ」。豪華で洗練されたユーロピアンスタイルのデラックスルームの一室で、ラダマンティスは固い顔でベッドに腰かけていた。
 さすがに名高い最高級ホテルだけあって、室内の調度は申し分ない。アンティーク調の優雅な木製のテーブルや椅子が室内に複数置かれている。クリーム色に灰色の線が入った優しい色彩の壁紙。いくつも掛けられた絵画。黄色地にブルーの線が入ったドレープたっぷりのカーテン。照明はシャンデリアだし、寝台の足元には足置き台のソファが備え付けられている。寝台に掛けられた艶やかな象牙色のシーツは最高級の二百五十番手のリネンで、ベッドヘッドは薄い青に紺で植物紋様を描いた布が張られていた。
 まるで宮殿の様なこのホテルの一室は、恋人と甘い一夜を過ごすには最高の場所だろう。
 問題は、ラダマンティスの今夜の相手が「恋人」ではない可能性があることだった。
 その相手は、現在、バスルームでシャワーを浴びていた。
 バスルームもまた、最高級ホテルの名に恥じず、大理石を使った豪奢な作りだ。暗緑色の大理石を張った洗面台。クリーム色の大理石で囲んだバスタブに、独立したシャワーブースがある。壁のほとんどは鏡で、あとは白の縞大理石と暗緑色の大理石だ。蛇口の形までやけに古めかしいアンティーク調で、アメニティーは「Gilchrist & Soames」だった。
 バスルームから聞こえてくるシャワーの音を、ラダマンティスは裁判の判決文を待つ被告のような心持ちで聞いていた。
 そして、シャワーの音がやんだ。間もなく水気をぬぐった「カノン」が白いバスローブをまとって姿を見せた。ごくり、と、ラダマンティスは生唾を飲んだ。
「ではラダマンティス、答え合わせをしようか」
 艶然たる笑みを見せながら、バスローブの帯をカノンが引いた。
 カノンがバスローブの前合わせに手をかける。ゆっくりとそれが開かれていく。眩しいほどに白い肌があらわになる。そして胸にあった傷跡は…。
 左胸に、赤い薔薇の様な円形の傷跡があった。
「あ、あ、あ…」
 ラダマンティスが相手を指さし、震える。
「サガァァァァーッ!」
 絶叫がホテルの部屋に響いた。と同時に、ラダマンティスは後頭部に大きな衝撃を感じた。勢いよく前転して、頭部を床に打ち付ける。
「この馬鹿翼竜が〜」
 床に倒れ込んだラダマンティスの頭上から苛立たし気げな声がかけられる。ラダマンティスがかろうじて頭部をねじって上を見ると、昼間にカフェニオンで別れた時と同じ格好をしたカノンがラダマンティスの頭を踏んでいた。サガが「答え合わせ」をしたのと同時に、異次元を通ってこの部屋に出現し、自分とサガを取り違えたラダマンティスの頭に蹴りを食らわして、そのまま頭を踏みつけているのである。
「結局、最後まで分からなかったのかよ!このスカタン!」
 ぐりぐりと床との接吻を強要されながら、ラダマンティスが釈明する。
「い、いや、だってカノン、あれは無理…」
「っるせー!散々、おれを愛しているとか言っておきながら、お前の愛はこの程度かよ!?おれとサガの区別くらいつけやがれ!ああ、くっそ、昼間におれとサガを取り違えた時にどんだけ蹴りを食らわしてやろうと思ったことか…!」
 がしがしとラダマンティスの頭を踏みつけるカノンをよそに、正体を現したサガはというと、さっさとバスローブを脱いで、昼間着ていたジャケットとシャツ、パンツを着こんでいた。
「まったく、最後の最後まで分からないとは情けない。こんなことでは、やはりお前とカノンの仲は認められんな」
 アイボリーのジャケットに袖を通しながら、サガが無情に宣告する。
「それにしても最悪の一日だった。カノンのふりをするのがこれほど神経を使うとは…」
「ったりめーだ。お前のふりをしなきゃならなかったおれの苦労が分かったか」
「ああ、すまなかったな、カノン」
 そうしてサガはカノンに視線を向けた。
「ではカノン、行くとするか」
「おお」
 ラダマンティスの頭から降りたカノンが兄に歩み寄る。
「え、カノン…?」
 床に這いつくばったラダマンティスが呆然とカノンを見上げた。カノンは冷たく彼を見下ろしている。
「お前はサガを選んだんだからな。ベッドインするなら、サガとしろ」
 その台詞にサガは心底嫌そうに顔をしかめ、髪を撫でた。
「やめてくれ、想像するだに気色悪い」
 そして兄は弟の手を取った。
「気分直しにどこか良いバーにでも連れて行ってくれ、カノン。酒も食事も、向かいにいるこの眉毛の顔を見ていると、まずくて仕方なかった」
「ああ、おれもやけ酒をあおりたい気分だ。行こうぜ、兄さん」
「ちょ…待て…カノン…!」
 慌てて立ち上がったラダマンティスが追いすがろうとしたが、カノンは彼に盛大な「アッカンベー」を残し、兄と仲良く手と手を取り合って異次元経由でホテルの一室から姿を消した。

 こうしてその夜、双子は一緒に酒場をはしごした後、聖域にあるサガの私宅の寝室で、同じ寝台で並んで眠ったのだった。
 手と手をつないで、
「やはりあの眉毛はダメだ。さっさと別れろ、カノン」
「お前こそ、早くあの脳筋人馬と別れろよ」
 と言い合いながら。
 双子たちが仲良く共にぐーぐーぐーすかぴーとスリーピングしていたころ、ラダマンティスは豪華な最高級ホテルの寝台で、しくしくと泣きながら一人寝の寂しさを味わっていたのだった。

<FIN>

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