『確率二分の一の選択』第3話
夕方になり、二人はアテネ市でもっとも高いリカヴィトスの丘に登った。ここからはアテネ市街の光景が海に至るまで一望のもとに見渡せる。二人は夕暮れの優しい日差しの中にたたずむアテネの街と今日訪ねた史跡群を眼下に見下ろし、感嘆した。
丘の頂上には「オリゾンテス・リカヴィトウ」というレストランがあり、予約を取っていたラダマンティスとカノンはここで夕食をともにした。ライトアップされたアクロポリスやパルテノン神殿、照明の輝くアテネ市街の夜景を見ながら、地中海料理とギリシャの葡萄酒に舌つづみを打つ。
冷製トマトとウイキョウで香りづけした小エビ、オレンジのゼリーとウイキョウの根でタルタルステーキにしたスズキ、フェタチーズと蜂蜜とゴマと野菜のソースをかけた豚ヒレ肉のソテー、サフランで香りづけした二枚貝のリゾットといったメニューを、マケドニア産の白葡萄酒とともに二人は楽しんでいった。
最後にデザートとして生クリームとアイスクリームを添えたミルフィーユが出されたとき、カノンがジャケットの内ポケットからある物を取り出した。
「ラダマンティス、お前にこれを…」
青いリボンが掛けられた四角い小さな包みをカノンが差し出す。
「誕生日プレゼントだ」
「開けていいか?」
「ああ」
ラダマンティスが包みを開く。箱の中には、ネクタイピンが入っていた。プラチナで翼竜のデザインを細長くピンの形にしたもので、中心には黄玉がはめ込まれている。石の粒は大きくはないが、透明度といい、輝きといい、一級品と言っても良いインペリアル・トパーズだった。
「お前の瞳の色に合わせて石を選んで、海界の細工師に作らせた。ネクタイピンなど、お前はめったに使うことはないかもしれんが…」
「いや、嬉しいよ、カノン」
微笑んだラダマンティスは、自分が今締めていたネクタイにそのピンを刺した。
カノンの心尽くしの誕生日プレゼントを喜ぶ気持ちと同時に、ラダマンティスには安堵が生まれた。こんなプレゼントを持っていた以上、やはり目の前にいるのは「サガ」ではなく「カノン」だ、自分は間違えることなく恋人を選べたのだ、という安堵だった。
だがその気持ちが表情に出たのだろう。向かいのカノンが皮肉気な笑みを浮かべた。
「喜ぶのはまだ早いぞ、ラダマンティス」
「え?」
「プレゼントを二つ用意して、二人が共に持っていたとは思わんのか?」
そう言って「カノン」は「アメシストス(紫水晶)」という名のマケドニア産白葡萄酒を傾けるのだった。
「勘弁してくれ…」
がっくりとラダマンティスは肩を落とした。
「そろそろ教えてくれ。お前は、本当にカノンなのだろうな?」
「ホテルに行けば分かるさ」
サガとカノンには、実は外見で明らかな違いのある個所がある。それは胸の傷だ。サガは左胸に自害の時の傷跡を残しており、カノンは胸の中央にポセイドンの三叉戟の傷跡が残っている。
ホテルに行って裸になれば分かる、と示唆して皮肉気に葡萄酒を飲んでいる「カノン」の姿に、ラダマンティスは憮然とするしかなかった。
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