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2016年10月14日03:20

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『確率二分の一の選択』第2話

『確率二分の一の選択』第2話

 二人はプラカ地区を通り抜けて、アテネ市内の遺跡巡りに出ることにした。
「しかしカノン…今さらアテネの遺跡巡りなど、お前にはつまらなくないか?」
「そうでもない。おれは普段は海界にいるしな。それに地元民は、意外に観光はしないものだ。いつでも行ける、と思うと、かえって足が向かなくてな」
「なるほど」
 二人がまず訪ねたのは「ハドリアヌスの図書館跡」だった。紀元後二世紀のローマ皇帝ハドリアヌスが建てた図書館の遺跡で、かつては百本の列柱廊が巡らされ、二つの講堂、二つの読書室、そして図書閲覧室が一つあり、天井には黄金とアラバスタ―が用いられたという豪華な建築物だったのだが、今残っているのはコリント様式の円柱と壁の一部くらいだ。あとは中庭と後の世に作られた教会の跡が壁として残っている。
 それから二人はアクロポリスの北西に位置するギリシア時代のアゴラ(広場)の遺跡にと足を向けた。ここも残っているのは地面近くの石材くらいで、保存状態の良い建物は「ヘファイストス神殿」と復元された「アッタロスの柱廊」くらいである。
 とはいえ、二人の関心を引くものがなかったとは言えない。それは民衆裁判所の跡ともアイアコス神殿だったのではないかとも言われる遺跡だった。
「お前の同僚の神殿だぞ」
 と言って、その場所を指さしながらカノンは笑った。
「アテナイがアイギーナ島と戦争をしたとき、『アゴラにアイギーナの英雄アイアコスの神殿を建てたら勝てる』ってアポロンの神託が下ったんで、建てたんだよな。長さが三十メートルくらいある巨大なやつを…」
「アテナイがアイギーナに勝った後は、もう用済みだとばかりに、穀物貯蔵庫にされたがな…」
「ラダマンティス、お前の神殿はないのか?同僚に負けちゃおれんだろう」
「無茶を言うな。…本拠地のクレタ島か、移住したというボイオティアに行けばあったかもしれんが…」
 渋い顔をしてため息をついたラダマンティスに、カノンは屈託のない笑みを向けた。
 アゴラの丘の上には「ヘファイストス神殿」が建っている。ギリシャの神殿としてはもっとも保存状態が良い神殿の一つで、力強いドーリス式の柱が並ぶ堂々たる神殿だ。神殿の石材は白大理石の名産地として名高いアテネ郊外のペンテリ山から切り出された石で、この山の石材はパルテノン神殿にも使われている。神殿後部内側の列柱の上のフリーズには神話に出てくる半人半馬のケンタウロスとラピテス族の争いがレリーフとして刻まれており、今も神殿の中から見上げることが出来る。
 それから二人は「アグリッパのオデイオン」を見学した。初代ローマ皇帝アウグストゥスの腹心の部下だった軍人アグリッパが建造した音楽堂で、今ではフロアと柱が残る程度だが、それでも多色の大理石を使ったオルケストラ(舞台前面にある舞踊や合唱隊のための半円形の土間)は色彩が美しい。他にも半人半魚のトリトンと巨人の柱やアカンサスの葉がついたコリント様式の巨大な柱頭が残っており人々の目を驚かせる。
 その他、アテナイの部族の先祖となった英雄たちを祭った「ヘローオン」、アテナイでもっとも古い聖域と言われる「十二神の祭壇」、「アゴラのゼウスの祭壇」、「中央ストア」、「アレス神殿跡」などを見た二人は、最後に「アッタロスの柱廊」に足を向けた。これは小アジアにあった古代ペルガモンの王アッタロス二世が紀元前二世紀にアテナイに寄贈した二階建ての柱廊で、現在では復元されて内部は「古代アゴラ考古学博物館」になっている。外側がドーリス式、内側がイオニア式となっている柱の間を歩きながら、二人は展示物を見学した。古代の抽選機や碑文、アポロン・パトロオス(父なるアポロン)像、翼のある女神ニケ像、太陽神ヘリオスや因果応報の女神ネメシスの頭部像、他にも英雄ヘラクレスの彫像や、ヘルメス神像、英雄メレアグロスの頭部像、アレクサンドロス大王の頭部像などが展示されている。
 ラダマンティスには、カフェで選んだ相手が本当に「カノン」なのかどうか、確証はなかった。プラカ地区で土産物屋をひやかしている姿を見れば「やはりカノンだ」と思うし、こうして真面目な顔で展示物を鑑賞している姿を見ると、「いや、これはサガではないか?」と感じる。特に壮麗な柱廊の間を歩く姿は、衣装を法衣に変えたサガを歩かせたほうがよほどしっくり来るような気がした。
 結局、ラダマンティスは疑念を抱えたまま、「カノン」とのデートを過ごす羽目になった。
 アゴラの見学を終えた後、二人はさらに東南にある「ローマ時代のアゴラの遺跡」に向かった。ここには当時の時計塔だったのではないかという八角形の「風の塔」があり、上部のレリーフには八柱の風神像が刻まれている。髭があり、左手に衣の端を、右手には大きな貝を持って風を巻き起こす北風ボレアス。髭を生やして両手で青銅の壷を持って熱い灰や墨を撒き散らす北西風スキロン。西風ゼフュロスは花をたくさん詰めた籠を持ち、若い南西風リプスは左手に古代船の船先を、右手に櫂のようなものを持って航海の季節を知らせる。南風ノトスは水差しを持ち、南東風エウロスはマントで上衣を覆っている。東風アペリオテスは果物を詰めた袋を持ち、北東風カイキアスは髭があって丸い盾を持っている。それぞれを特徴づける標章物を持った風神たちが生き生きと残っていた。
 この他にも、公衆トイレ跡やライオン像、オリーブの圧縮機の跡、水飲み場の跡などがある。大きな建物としては東側の入り口である「東の前門」の列柱、三つのアーチが残る公共建築物の跡、そして西側の入り口である「アテナ・アルケゲテス門」が残っている。「アテナ・アルケゲテス門」はやはりペンテリ山の白大理石で作られており、ドーリア式の柱が四つ並ぶ建築様式だ。さらにイスラム統治下時代に作られた「フェティエ・モスク」がアゴラ内にある。
 さらに二人はアクロポリスをぐるりと反時計回りに回る形で移動し、南のふもとにある遺跡群を見学した。「ヘロデス・アッティコス音楽堂」は同名の富豪がローマ時代に建てたもので、現在では座席を復元して劇場や音楽堂として使われている。夏に開催される「アテネ・フェスティバル」ではコンサートの会場となっている。
「どうだ。来年の夏にはここで一緒にコンサートを見ないか?」
「ああ、いいな」
 ラダマンティスとカノンはそう約束した。そこから先はアーチ状の柱と壁が残る「エウメネスの柱廊」が続く。これは紀元前二世紀にペルガモンの王エウメネス二世がアテナイに贈った列柱廊だ。そして春の大ディオニュシア祭の舞台であり、古代ギリシャ文学を代表する三大悲劇詩人たちの名作が上演された「ディオニュソス劇場」にと足を向ける。劇場周辺には、関連する彫刻やディオニュソス神殿、治癒を祈願する病人たちが集まったアスクレピオスの聖域などが残っている。
 最後に二人が向かったのは「オリュンピアのゼウス神殿」だった。アクロポリスの東側にあるこの神殿は、古代の神殿としては最大級のものだ。紀元前六世紀ごろから建設と中断を繰り返し、紀元後二世紀になってローマ皇帝ハドリアヌスがようやく完成させたという巨大な神殿である。ペンテリ山の大理石を使ったコリント式の柱の総計は百四本にのぼり、神殿の長さは百十メートル、幅は四十三メートルもあったという。最高神ゼウスへの古代の人々の崇敬の厚さが伝わってくる大神殿だ。
 しかしそれも五世紀にキリスト教がローマ帝国の国教となると同時に終わりを告げた。金と象牙で作られたというゼウス神像は失われ、神殿も破壊されて石材は周辺のキリスト教の聖堂の建築などに流用され、今はわずかに残るコリント式の列柱がかつての荘厳さをしのばせるのみである。
 ラダマンティスとカノンは、巨大な神殿跡の前で、古代ギリシャの栄光と没落に思いをはせたのだった。

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