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2016年09月05日03:24

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『河神の誘惑』第13話

『河神の誘惑』第13話

「…で、あれからは何もしてないわけ?」
「ああ」
「一緒に寝て、何もせず、ただただお互い抱き合って、ぐうすか眠っているだけと?」
「ああ」
「二人とも裸でか?」
「裸でだ」
「……」
 河神とのやり取りに、カノンは心底から呆れたような顔をした。
「あんた…手が早いんだか、我慢強いんだか、分からん奴だな」
 二人がいるのはアテネ市内のバーだ。いつものように事務局を訪ねた河神が双子を夕食に誘ったのだが、サガが「すみません!今夜は別に会合の予定があって…!」という次第で、カノンと河神だけでの外出とあいなったのだった。
「まあ、いいじゃないか。おれも嫌がる処女を無理やり手籠めに…なんてのは神話の時代にやり尽して、いい加減に飽きたんでな。たまにはこういう清いお付き合いも悪くない」
 オン・ザ・ロックでスコッチウイスキーをたしなみながら河神が言う。
「一周ひねってまたえらい上級なプレイなことで…」
 呆れた表情のまま、カノンはジントニックを飲んだ。
「あ、でも、最近は少しは進展したんだぞ。唇にキスくらいはさせてくれるようになった」
「…いや、それ、進展じゃなくて後退してるだろ」
 最初にセックスまでやっておきながら、今は「キスが出来た」程度でひどく嬉しそうにしている河神にカノンが突っ込む。
 アケローオス河神はあの後も、二、三日おきに事務局を手土産持参で訪ねて、サガとカノンを外出に連れ出し、その後はサガの官舎に一晩泊まって朝帰りするということを繰り返していた。
 泊まる部屋はサガの寝室で、サガと同じ寝台で、彼と一緒に寝ている。二人とも、裸になってだ。
 裸なのは、「その方があなたの想いや小宇宙が直接伝わって来て気持ちいいから」というサガの要望による。
 そうして二人して裸で一緒に寝ているにも関わらず、両者はセックスはせず、軽く顔にキスをしたり、背や腕を撫でさすったり、ぎゅっとお互いを抱き締め合ったり、まるで子供のようなじゃれ合いをベッドの中でやって一晩を過ごしているというのだ。
 信じがたいその事実を、アケローオスはカノンだけには話していた。
「…つーか、あんた、不能になったとか、やっぱり男では勃たなくなったとかないよな?変な病気でももらってペニスが腐れ落ちて使い物にならなくなったとか…」
「ないない。おれは健康そのものだ」
「よくそれで欲求不満がたまらないな」
「いや、それがサガの無防備な寝顔を見ているだけで結構、満足が出来ることに気付いてなぁ。あれは実に可愛い」
「…のろけるなよ!」
「いいじゃないか。こんなこと、お前にしか話せない」
「…ったく…。『心を伴わないセックスは空しい』とか、思春期の純情なガキみたいなことを抜かしやがって…」
 つまみのナッツ類をカノンが噛み砕く。
「まぁ、好きにすればいいけどな。恋愛は人それぞれなんだし…おれには到底、真似できんが…」
 この男は今までサガの周りにはいなかったタイプだ、と、カノンもそのことは理解した。気さくで、親しみやすく、寛容で、包容力があり、円熟した大人だった。おそらくそれは、完璧主義者でありながら精神面では欠陥が多く、奇妙に自己評価の低いところがあるサガを支えるにはちょうど良い相手なのだろう。
「で、これから先はどうするんだ?」
「さぁ…どうなるかな…」
 おれにも分からん、と苦笑し、河神はウイスキーを飲んだ。
「サガが今度、定期報告で聖域に戻る」
 カノンが話題を変えた。
「あいつがアイオロスに変に罪悪感でも持ってあんたとのことを告白しなきゃいいんだが…。やりそうなんだよなぁ、これが」
 はあああ、と、大きく肩を落としてカノンがため息をついた。
「おれから口止めをしておこうか?」
「いや、多分、意味がない…。サガは、アイオロスには秘密を作れない」
 あいつはそれくらいサガの心を支配している、とカノンが言う。
「おれは聖域には入れない。あそこはアテナの領域だからな。他神であるおれが無断で侵入するわけにはいかん。カノン、お前にフォローを頼めるか?」
「まぁ、何とか…。サガが戻るその日は教皇の間にいられるようにスケジュールを合わせておく」
「頼む」
 かちん、と、河神はカノンとのグラスをぶつけて鳴らした。

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