mixiユーザー(id:4632969)

2016年03月04日02:05

568 view

『春蘭と秋菊の競艶』第4話

『春蘭と秋菊の競艶』第4話

 異空間から人目を避けて建物の陰の路地に降り立ち、大通りに出たサガとカノンは、そこであんぐりと口を開けた。
 目の前には、豪華絢爛なネオ・バロック様式の建物があった。連続するアーチ形の入り口、立ち並ぶ円柱、緑の切妻屋根の上には黄金に輝く竪琴を掲げる音楽の神アポロンの像がある。屋根の突端には駆け上がろうとするペガサスの像が飾られ、正面の左右の頂には、「調和の女神」と「詩の女神」の黄金の彫像が置かれている。その他にも、演劇の神ディオニュソスを取り巻いて踊る巫女たちの彫像「ダンス」や、「楽器」「聖歌」「ハーモニー」などが擬人化された彫像が壁面を埋め尽くしていた。
「な、な、な…」
「ここ…ギリシアじゃない…」
 思いがけぬ街の様子に目を見開いて驚く双子に、アケローオスは何食わぬ言った。
「パリのオペラ座だ。ギリシアには良い歌劇場がないからな」
「さらっと言うなよ、さらっと!なに、しれっとした顔でギリシアからフランスまで跳んでんだよ!」
「パリまであっという間に…。全然、負荷とか感じなかった…。なにこれ…?」
 改めて「神技」の凄さを実感してフリーズしている双子の腕をアケローオスが取る。
「まあ、もう着いたのだからいいだろう?ほら、入るぞ」
 そうして右腕にサガの腕を、左腕にカノンの腕を取り、アケローオスはオペラ座のエントランスに足を踏み入れた。
「ははは…これだ、これがやりたかった。『両手に花』!周りの男たちの羨望の眼差しが実に心地いいな」
「…ったく、あんたも結構、性格が悪いよな」
 美女二人に挟まれて華麗なシャンデリアの輝きに照らされた階段を上るアケローオスは、ご満悦の表情だった。花の都パリでも滅多に目にすることがないほどの美しい銀髪の双子の姉妹たちに、オペラ座に集った男たちは魅惑され、女たちは妍を競い合う二人の美貌に嫉妬の目を向けた。
 受付でチケットを見せ、コートをクロークに預ける。まさかボックス席とか予約してないよな…と不安に思ったカノンだったが、席は舞台一階の正面近くに位置するバルコン席で、真面目な意味での「良い席」だった。ボックス席は特別感はあるが、舞台が見やすいかというと、必ずしもそういうわけではない。見栄よりも観劇の実質を重視してでの選択だろう。
「演目は何です?」
「オペレッタだ。オッフェンバックの『地獄のオルフェ』」
「ああ。あの「オルフェウスとエウリディケ」のパロディか…。そりゃあんたが好きそうだ」
 アケローオスを真ん中に、その左右にサガとカノンが座る。サガとカノンの両隣もそれぞれ男女のカップルだったが、彼らがいざ着席する段になって一悶着が起きた。サガとカノンの隣に男女のどちらが座るかで揉めたのだ。結局、どちらのカップルも女性陣の意見が通って、双子の隣席は女性が占めた。自分の恋人が誘惑されては困ると、敵意と警戒に満ちた視線を飛ばしてくる隣の女性に、サガはたじろいでアケローオスの側に身を寄せた。カノンの隣に座った女性も同じような視線をカノンに飛ばしているが、それに対してカノンは挑戦的に笑みを向け、しなを作ってアケローオスに甘えてみせたのだった。自分の男はお前の男より良い男だろう?と女に見せつけるかのようだ。
「ねぇ…ダーリン」
「なんだ、カノン」
「ふふ…何でもない」
 アケローオスの腕をとって肩にすりすりと頬擦りする弟の姿に、サガも負けてはなるかと彼のもう片方の腕をとって自分の胸を押し付けた。
「しかし…考えてみればシュールな光景ですね。ギリシアの神様が、ギリシア神話のパロディを見るなんて…」
 くすくすとサガがアケローオスに笑いかける。
「まぁ、おれは出てこないからな。出るのは、ハーデスにゼウスにヘラにアテナに…ああ、妹のステュクスは出てくるか」
 やがて軽快な序曲のリズムが流れ出し、舞台の幕が上がった。

 日本では『天国と地獄』の邦訳でも知られ、フレンチカンカンの序曲が有名なオッフェンバックの『地獄のオルフェ』。そのあらすじは次のようなものだ。
 オルフェ(オルフェウス)とユーリディス(エウリディケ)は仲睦まじい夫婦…ではなく、倦怠期に陥った二人は互いに愛人を作って浮気をしていた。ユーリディスの愛人は羊飼いのアリステ(アリスタイオス)。オルフェはユーリディスに「お前に近づく男をやっつけてやる」と告げる。そしてアリステに罠を仕掛けるのだが、その毒蛇の罠でユーリディスの方が死んでしまう。しかし虫の息のユーリディスに、アリステは自分の正体は冥界の王プリュトン(ハーデス)であると告げ、これで堂々と二人で冥界で暮らせると喜んだユーリディスはプリュトンに連れられ冥界に向かう。
 オルフェは妻が亡くなり悲しむ…わけもなく、これで愛人と結婚できると喜ぶ。しかし「世論」は許さず、オルフェに妻を取り戻しに冥界に行けと強要する。こうしてオルフェはやむなく神々に妻を返してほしいと頼みに行くことになった。
 場所は変わってオリュンポス。プリュトンがユーリディスをさらったという話は神々の間でも話題になっていた。そこへプリュトンが登場。ジュピテール(ゼウス)は彼を糾弾するが、好みの美女がいれば手籠めし、好みの美少年がいればさらってくるジュピテールに言われる筋もなく、ジュピテールの浮気に悩む正妻ジュノン(ヘラ)、恋人のアクテオン(アクタイオン)をジュピテールに鹿にされたディアーヌ(アルテミス)、ミネルヴ(アテナ)やクピード(エロス)も加わり、ジュピテールを揶揄する神々はなんとフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」を歌って反乱、いや革命気分を盛り上げる。
 そこへオルフェと「世論」が登場、オルフェは内心は嫌々ながらユーリディスを返してほしいと神々に訴える。実はユーリディスに興味津々だったジュピテールは自分が冥界に行って調査すると決める。暇なオリュンポスに退屈していた神々も降ってわいた「冥界行き」に大喜び。
 さて、舞台は変わって冥界。ユーリディスは一室に閉じ込められ退屈しきっていた。そこへ神々が登場、ステュックス(ステュクス)は彼女を別室に隠す。言い訳を続けるプリュトンを退けたジュピテールは部屋の鍵穴からユーリディスをのぞいて一目惚れ、クピードにハエに姿を変えてもらい、鍵穴から侵入して、ユーリディスと共に「ハエの二重奏」という恋歌を歌う。ユーリディスもジュピテールが気にいるが、これからプリュトン主催の宴会に出なければならない。ジュピテールはユーリディスに巫女に姿を変えて宴会を出て一緒に逃げようという。
 冥界では酒の神バッカスをたたえる宴会が開かれる。ユーリディスはちゃっかりバッカスの巫女に扮して宴会に参加、盛り上がってきたところに、オルフェと「世論」が登場。ジュピテールは世間体を気にして、彼女をオルフェに返すことにする。「日の光が見えるまで後ろを振り返っていはいけない」と条件を付けて。オルフェは愛する妻を見たくて振り返るだろう、そうすればそれを口実にオルフェから妻をとりあげてしまえばいい、という目論見だったのだが、妻と別れたくて仕方がないオルフェはユーリディスを見ようともしない。これにイライラしたジュピテールはオルフェの背後に稲妻を落とし、音に驚いたオルフェはついに振り向く。
 「世論」は人間の愚かさを嘆き、ジュピテールは彼らに自由を与えると高らかに宣言する。そしてユーリディスをバッカスの巫女にすることにする。
 こうして、内心は妻と別れたかったオルフェ、そろそろユーリディスに飽きつつあったプリュトン、バッカスの巫女としてジュピテールの愛人兼秘書になる気満々のユーリディス、そして新しい愛人を手に入れられたジュピテールと、関係者の誰もが満足して大団円のうちにめでたしでめでたし、となるのだった…。

 結果だけ言うと、三人はオペレッタの出来に大いに満足した。こういう偽善性を笑い飛ばすようなふざけた喜劇がカノンは好きだったし、ユーモアと音楽を愛するアケローオスの好みにもこの作品は合っていた。真面目で頭の固いサガでさえ、浮き立つような楽曲と登場人物たちのドタバタには思わず苦笑が漏れた。
 幕間には中央ロビーに出て、豪華なシャンデリアが釣り下がり、天井画や彫像、列柱に飾られた黄金色の室内装飾を彼らは楽しんだ。一方は清婉、もう一方は艶麗な美女二人がシャンパングラスを片手に男を挟んで互いに気を惹き合う様を見た男たちは、心の中で「今すぐその場所をおれと変われこの色男がーっ!」と叫びつつ、憎々しげにアケローオスを見るのだった。

次へhttp://mixi.jp/view_diary.pl?id=1950810448&owner_id=4632969
前へhttp://mixi.jp/view_diary.pl?id=1950763803&owner_id=4632969
目次http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1950727023&owner_id=4632969
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2016年03月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031