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2015年11月02日00:34

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『オレステイア』第4話

次回で終わりです。

『オレステイア』第4話

 カノン暗殺を謀った一味は、ポセイドン神殿内で神像にすがっていた。広大な石造りの内陣は彼らの他には人間はおらずがらんとしている。犯人たちにとりなしを頼まれた神官たちも、彼らのやった行いを知るや、巻き添えを食うのを恐れて逃げてしまったのだ。神殿の周囲には今回の凶行に怒った民衆たちが押し寄せている。神殿の周囲に配備された警官たちが、彼らが神殿内になだれ込むのを何とか制止している状態だ。
「殺せ!」
「裏切り者を殺せ!」
 民衆たちの怒声が内陣にも届いてくる。もし一味が神殿という聖域から出れば、怒り狂った民衆たちから暴行を加えられるだろう。
「どうしてこんなことになったのだ…!?」
 一味の一人が頭を抱えた。
「市民たちはなぜ我々の声に耳を貸してくれない!?」
「シードラゴンは強権的だ、独裁的だとあんなに非難していたのに…。我々は解放者として迎えられるはずではなかったのか!?」
「とにかくまずは身の安全を図らないと。神官に頼んで何とか脱出を…」
 その時、内陣の中に長大な影が伸びて彼らを覆った。背に巨大な翼を広げたラダマンティスが彼らの前に姿を現す。
「カノン殺害を企んだ連中だな」
 黄玉の瞳が燃えるように輝き、赤みを帯びた。竜の瞳が彼らを見下ろし、威圧する。
「おれと一緒に来てもらおう」
 ラダマンティスの鋭く冷たい眼光に犯人たちがたじろいだ。鋭角的な翼竜の冥衣に身を包んだ彼の姿は、一味には破滅への使者へのように見えた。
「こ、ここは神域だ。我々の身の安全は保証されている!」
「我々は独裁者を倒そうとしただけだ!正しいことをしたはずだ!」
「シードラゴンは他者の声に耳を傾けず、権力を欲しいままにして壟断している!」
「このままではポセイドニアは破滅する!市民たちはシードラゴンの奴隷になってしまう!」
「我々は共和制の伝統を取り戻そうとしただけだ!あるべきポセイドニアの姿に、立ち返らそうとしただけだ!」
 口々に自分たちの正当性を訴える彼らの声は、だがラダマンティスの心には届かなかった。
「お前たちの正義がどこにあるか、それはおれの知ったことではない」
 傲然とそびえたつ岩山のような態度でラダマンティスが告げる。
「おれにとって許しがたいのは、お前たちがカノンを殺そうとしたというその一点だけだ。おれではない、お前たちが…!」
 ラダマンティスが背負う翼竜の翼が広がった。
 彼は怒っていた。心の中に燃え盛る炎のような、激しい怒りを抱えていた。カノンを暗殺しようとした者たちに対して。そして、それを防げなかった自分に対して。だがその激情が、行動までをも激しくすることはなかった。ラダマンティスの怒りは、表面的には静かな、深い淵のように己の内側にと潜行していた。
「一度、人の目の前で地にこぼれた黒い血潮は、誰が呪っても元へは呼び返せない。
 例え心正しい者であっても、死者のうちから連れ戻すのは、神が差し止めたもうたこと」
 ラダマンティスが静かにアイスキュロスの詩句を吟じていく。
「殺された者の血のしずくが地に注がれれば、また他の血を呼び求めるのが掟。
 その災いは復讐の女神を呼び出す。
 以前に死んだ人たちの元から、破滅を次から次に引き継いでもたらす、復讐の女神を」
 そしてラダマンティスは腕を広げ、声を高らかにして呼びかけた。
「復讐の女神たち(エリーニュエス)よ、我が声に応えたまえ!」
 ラダマンティスの小宇宙が燃える。冥府の判官、半神としての小宇宙が。
 その声と小宇宙に、復讐の女神たちは冥界の闇の中から答えた。
 ラダマンティスの頭上が歪む。ポセイドン神殿の内陣の中空に復讐の三女神たちが現れた。蛇の頭髪をうねらせ、体は黒く、手には松明を掲げ、背にはコウモリの翼を広げた恐ろしい形相の三女神たちが。
 アレクトー。
 ティーシポネー。
 メガイラ。
 天空神ウラノスの血と大地女神ガイアの間に生まれた三柱の女神たち。ラダマンティスの呼びかけに答えて出現した復讐の女神たちが翼をはためかせ、暗殺犯の一味たちを取り巻いて唱和する。

『復讐だ!報いの罰だ!
 毒を嘆きの代わりに吐きかけよう!
 枝葉を枯らし、カビを生やし、子種も涸らそう!
 心を狂わし、理性を奪う!
 血潮よ、凍れ!
 心臓よ、石となれ!
 安らかな眠りよ、永遠に去れ!』

 そうして三女神たちは一斉に犯人たちに襲い掛かった。
「う、うわああああー!」
 男たちは悲鳴を上げ、恐怖に駆られて神像から離れた。目を血走らせた女神たちが彼らを追い回す。女神たちの生臭い息が男たちに当たる。その顔の恐ろしさは、見た者を石にするという怪物ゴルゴンのようだ。女神たちの持つ青銅のびょうがついた鞭が空を切り、びゅんびゅんと音を鳴らした。犯人たちは女神たちの手を必死に逃れようとし、そして駆け惑いながら、自分たちでもそうとは気づかぬままに神殿の外にと走り出た。
「犯人たちが出てきたぞ!」
「捕えろ!」
 待ち構えていた警官たちが犯人を捕縛する。と同時に、復讐の三女神たちの姿が消えた。
 連行される犯人たちを、ラダマンティスは神殿の中から冷たい、軽蔑しきった瞳で見つめていた。
『犯人たちをおれが神殿内から追い出そう。奴ら自身から神域を出るようにしてくれる』
 あらかじめラダマンティスは周囲を囲む警官隊とそう打ち合わせていた。そして、彼はやり遂げたのだ。一切の暴力をふるうことなく。

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