『オレステイア』第2話
舞台は、神話時代のギリシャ、アルゴス城。
トロイア戦争開始から十年。アルゴスの城では物見の男がトロイア陥落の知らせを待ちわびていた。
そこにトロイア陥落を伝える篝火がたかれる。明かりを見た物見は喜び、城内に知らせる。
アルゴスの長老からなる合唱隊が現れ、かつて王アガメムノンとその弟メネラオスの兄弟がギリシャ軍を率いてトロイアに向かったことが歌われる。それは客人としてもてなされながら、メネラオスの妻ヘレネを略奪したトロイアの王子パリスへの報復であり、ゼウス神の意志なのだと。
だがアウリスに集結したギリシャ軍は、アガメムノンがアルテミス女神の怒りを買ったことで逆風にあい出港できなかった。神託に従い、アガメムノンは長女のイピゲネイアをアルテミス女神への生贄として殺した。乙女が呪いの言葉を吐かぬよう、口にさるぐつわをかませ、憐れみを誘う眼差しも無視して。
長老たちがその悲劇を歌っていると、王妃クリュタイムネストラが登場し、山の峰から峰にと篝火をたく送り火の知らせによってトロイア陥落の報がもたらされたと告げる。長老たちはパリスへの復讐が成ったとゼウス神を称える。だがトロイアへの出兵はギリシャにとっても悲嘆を生んだ。兵士を送り出した家は、彼らの面影も忘れやらぬうちに、懐かしいその人の代わりに骨壺と灰を受け取ったのだと。
「恨みを含んだ市民たちの語る噂は恐ろしい。衆人の抱く呪いはやがて償いを要求するだろう」
長老たちが更なる悲劇の予感におののき、トロイア陥落の知らせを疑っていると、そこにアガメムノンからの伝令が来て、トロイア陥落の確報を伝える。
王妃は喜び、長老たちは「驕った者はやがて破滅する」と歌う。
やがてアガメムノンが凱旋してきた。王妃は夫を歓迎し、侍女たちに命じる。
「何をぐずぐすしているのです。言ったように、通り道の地面に敷物を敷き詰めなさい。すぐにも真紅の渡り路をこしらえるのです。そうして思いもうけぬ館のうちへ、正しく殿をお迎えしましょう」
だがアガメムノンは敷物を踏むことをためらった。贅を尽くした敷物を神ならぬ人の身で踏んでいいのかと、神の妬みを恐れる。しかしクリュタイムネストラの重なる勧めに、ついに彼は敷物を踏んで宮殿に入った。いずれ流される彼自身の血の色を連想させる、真紅の敷物を踏んで。この時、傲慢の罪を犯したアガメムノンの破滅は神の意志となった。
クリュタイムネストラは言う。
「ゼウスよ、願いを果たさすゼウス神よ、なにとぞ我が願いを遂げさせたまえ!」
実はクリュタイムネストラは娘のイピゲネイアを殺害したアガメムノンに復讐心を抱き、彼の従弟のアイギストスと情を通じて夫の暗殺を企んでいたのだ。
アガメムノンはトロイアの王女カッサンドラを捕虜として連れてきていた。彼女はアポロン神から予言の力を与えられたが、神の愛を拒んだため、同時に「その予言は誰も信じない」という運命を背負っていた。
放心していたカッサンドラは、宮殿の門前のアポロン像を見た途端、神がかりとなって叫び出した。そして血塗られた過去を持つアガメムノンの家系と、やがて来る自分とアガメムノンの殺害を予言する。
「おととととい、ぽぽい、だあ、アポロン!
アポロン、アポロン、私のアポロン!
本当に二度までも私を滅ぼしなさった!
どこへ私を連れていらしたのか。なんという屋敷へ。
ああ、まったく神に憎まれた家!山ほども悪事の覚えがある!身内を殺し、首を切ったことも!人間をほふり殺す家、そして地面へ血を振りまく家!
あの証拠を現に見て!あの殺されると泣き叫んでいる赤ん坊たち!火にあぶったその肉きれを父親に食べさせた!
まあ、なんてこと。何を企んでいるのか。
何を、またこんなひどいむごいことを、途方もない災いを、今またこの館の中で企んでいるのか。
まあ、ひどい女!そんなことをしようとは!閨を床にする夫を、沐浴でそそぎ清めて…!
まあ、そら、そら!あの牝牛からその牡牛を引き離して!衣で包んで、捕まえて!鋭い刃物で、黒い角で…」
劇がそこまで進行し、人々がカッサンドラの狂乱の演技に釘づけになった時、観客の中から突如立ちあがった者がいた。
「独裁者め!死ね!」
その男は短銃を持っていた。銃口が貴賓席のカノンに向けられる。わずかにカノンの腰が浮いた。
銃声が劇場に響いた。
観客たちが悲鳴を上げる。凶行に人々はパニックになり、他人を押しのけて逃げようと出口に殺到した。カノンの護衛兵たちが自分たちの体で壁を作って主を守る。
「カノン!」
ラダマンティスが叫んだ。隣に座るカノンの左肩から血がにじみ出ている。
「カノン!しっかりしろ、カノン!」
「…大丈夫だ、ラダマンティス」
カノンが痛みで歪んだ顔に笑みを浮かべる。ぐいっとラダマンティスの襟元をつかみ、彼を引き寄せた。
「おれがこの程度で…死ぬわけがなかろう?」
そのままカノンの体から力が失われる。がっくりと倒れたカノンの体を抱きしめたラダマンティスが悲痛な声を上げた。
「カノンーッ!」
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