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2014年12月16日20:05

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三業性愛術のこと。

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最近久しぶりに精神的なセックスについて考えている。
前戯などで相手の肌や秘部をつついたり、つねったり、揉んだり、撫でたり、なぞったり、突き入れたり、くじったり、引っ掻いたり、指の腹で叩いたり、その果てには己が男根を深く埋没して肉の悦びを引き出すような、肉体的なセックスとはすべてにおいて真逆の位置にある性愛術だ。

イチバン分かりやすいのが言葉責めである。

言語だけではなく発音の響きで相手を蕩けさせる。その点でひと声発するだけで女を堕とす恐るべき手練れが根岸に住んでいた。今は亡くなってしまったが、私が小学生の頃赤いベルベットのかかったベッドへ引き込み、未熟な珍宝を勃たせて鑑定したことで、記憶に強烈に焼きついている好色な爺だった。職業は浪曲師。個人的に三波春夫の美声は芸術的だと思っているのだが、爺の声はまさに悪魔のそれだった。平仮名とカタカナの発音がはっきりしているだけでなく、聴いて漢語だと分かる発音の仕方をしていた。人呼んで三業老人。三業は根岸に料亭、待合茶屋、芸者置屋の三業の店、要するに花街に由来し、さらに仏教用語の意味もあわせ持つ。即ち、邪淫(身業)、淫語(口業)、邪見(意業)である。要はセックスの達人。そんな存在であった。

祖父とは親友の間柄で、若い頃はお互い男色に耽っていたらしい。爺は悪びれもせず、嫌がる私の珍宝の、ジーパンのチャックに挟んで切除したばかりの皮の傷跡をぺろぺろと舐めながら、菊の葉を揉んだ汁を亀頭になすりつけていた。こうすることで、マラが強くなると全身の毛が逆立つような声色で何度も繰り返していた。

特に口癖のように繰り返していたのは、女は男を知らなくても淫蕩になれる。爺いわく、三つになったばかりの頃から毎晩肌を撫でさすりながら耳元にふーっと息を吹きかけつつ、ぱ行の破裂音を並べれば、簡単に堕ちない処女になる、と。そういう女を堕としてこそ男の価値が問われるのだよ、とも。爺の先祖は御典医であったらしい。菊を揉んでなすりつけたりするのはその名残だそうだが、堕胎も含めた婦人専門だったため、性愛術なる怪しげな秘術を伝えられていると言って、私にあれこれと教えていた。

小池一夫先生は原作を務めた「男弐」の服部半蔵編で上の画像のように三業老人の性愛術をアレンジして書いているが、明らかにどこかで聞き込んだのである。

幼女のうちから愛撫していくと、確かに未開通でも性的魅力を備えた女になる。小学生の頃友人の妹で試したから、ほんとうのことだと確信を持って証言する。

さて、肝心の精神的なセックスであるが、爺は南方熊楠が実家に帰った女房を連れ戻すのに、女房とのセックスを事細かに門前で大声で説明した逸話を紹介(このあたりは水木しげる先生が「猫楠」で描いている)してくれ、女房は恥ずかしさもあっただろうけれどきっと悦びも感じていたはずと分析していた。言葉だけでセックスが盛り上がるのは可能だ、猥談も突き詰めていけば男どうし、また女どうしでも絶頂へとのぼりつめられるのだよと痺れるような声色で説いていた。

ある日、幼女愛撫について聞いたことがある。小さいうちからいじくりまわしていたら鈍感になってしまって、性的魅力なんて出てくるでしょうか?と。爺はクッとノドの奥から笑いを漏らし、こんなに口が大きくなるのかと思うくらい、ニヤッと笑ってみせて、「性愛術は性に始まり、愛に終わるものなり。即ち、性を極めれば人は愛を求めん。考えてごらん、セックスに慣れた処女が何を求めるのか。愛しかないだろうよ」と言い切った。愛に恋い焦がれる心は肉体に作用し
、そこから魅力が匂い立つのだよ・・・

爺が死んだ時の最期の言葉は「かあちゃん」だったという。それを私はマザコンだとは思わない。私自身もそうなのだが、幼い頃、乳房から乳を吸う時に見た母親の性と愛のはざまで揺れ動くあの恍惚とした表情に精神的に勃起したからだ。あのとろけきった顔。老いた母への敬老的な愛情などではなく、自らを産んだ若い母親への性欲と愛欲。そこに性愛術の真の奥義がある。そう悟った私は今。

犬神図書館にくる少年少女たちを愛しく撫で続けている。

コトバの秘術を繰り出しながら。
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