「レッドドラゴン」以前のウィル・グレアムとハンニバル・レクターが組んで猟奇殺人を追うというハナシは、シャーロック・ホームズ以来の伝統的なコンビ(やりとりの絶妙さなど)を感じさせて、ひとときの蜜月の快さが漂っていた。
特にハンニバルがウィルのために朝食を作っていくのは萌えた。
スクランブルエッグにソーセージ・・・ソーセージは何の肉だろうか?
ローレンス・フィッシュバーン演じるクロフォードもハンニバルの手料理に舌鼓を打つシーンが流れ、やはり何の肉かと緊張感が漂う。
レクター博士を知る我々に対して、実に上手い演出である。
脚本の監修は原作者のトマス・ハリスだ。
完全オリジナルストーリーのために書き下ろしただけあって、あちこちにトマス・ハリスの独特なスタイルを感じた。
それがイチバン感じられたのは、キノコ男。人間は菌から生まれたのだから、菌に還るべきだという信念に基づいて、被害者を生きたまま畑に埋めてキノコを植え付けるというエキセントリックな異常者である。このへんは映画「セブン」を思い出したが、グレアムに追いつめられたキノコ男が「君は私の理解者だ、君とつながりたいんだ」と迫るシーンは「レッドドラゴン」のフランシス・ダラハイド、「羊たちの沈黙」のジェイム・ガムに共通する、トマス・ハリス自身のシリアル・キラーとしての心情だと強く感じた。
異常ではあるが、ひどく人間くさいのである。ドラゴンになりたがった男、女になりたがった男、そしてキノコを媒体としてみんなとつながりたがった男・・・
その妄執に感情移入出来ずに、ただ畏れるしかない者は、どこか人間らしさが欠けていると断言しよう。それゆえに餌食になるしかないのだ。
そういう意味で、ハンニバルがトマス・ハリスにとって最も理想的な人間像であることはファンの方々なら頷くのではあるまいか。
マッツ・ミケルセンはアンソニー・ホプキンスがクラリスに言ったセリフをグレアムにも言う。
「昨日、教会の屋根が34人の頭の上に落ちた。讃美歌の最中に。これも神の御業だよ」
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