ジャック・ロンドンといえば「白い牙」、「野性の呼び声」で知られる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3
しかし私は児童向けに柔らかく書かれた二つの物語を全く信用しなかった。著者近影のジャック・ロンドンの何とも例えようがない眼光を見て以来、この男はもっと秘めたものを表現したがっているのだと感じていたからだ。
大きくなって、ほとんどの作品を読んだが、なかでも最高傑作と感じたのは「星を駆ける者」(The Star Rover)である。
中学一年の春に国書刊行会のドラキュラ叢書シリーズで出会った。訳者は森美樹和。大滝啓裕のペンネームで知られる人だ。
獄中で肉体を離脱した精神が観る宇宙の神秘と前世の記憶。
こう書くとオカルトっぽく、また国書刊行会がいかにも好みそうな題材と思われるだろうが、ジャック・ロンドンは一度も世迷言に心を傾けることはなかった。例え、産みの母親が怪しげな心霊術に傾倒していたとしても。
ひたすらに闘争の物語なのである。
自分自身、世のなか、そして宇宙の神々との。
強大な力ともうひとつの強大な力のぶつかり合い。ジャック・ロンドン自身のなかでは常にそういう闘いが繰り広げられていた。自殺する直前までずっと闘い続けてきたのであった。
それがああいう眼光になったのだと少年時代の私は納得し、そして児童向けの「白い牙」、「野性の呼び声」とオリジナルのあまりの違いに唾を吐きかけたくなった。
いかなる道徳も意味をなさない、あまりにも過ぎたる「純粋さ」、それこそがジャック・ロンドンの本質なのであり、「純粋さ」ゆえに消えゆく運命であったことを想うと心がざわめかずにはいられない。
久しぶりに本棚からとって読み直して、私は少年時代の私自身に首を絞められる思いであった。それで三度も書き直してなかなか決着がつかない、酒鬼薔薇聖斗の物語、「Boy Lights Fire」に足りないものが何であるかがやっと分かった。
私は少年Aに憑依しきれていなかった。
地球から宇宙の彼方へ飛んでいったボイジャーと心を交わしきれていなかった。
北極星すらも動くという宇宙の隠された秘密を思い浮かべることが出来なかった。
要するにもっと純粋に闘うことが出来ていなかった・・・という反省点のもとに、「Boy Lights Fire」はいよいよ最終形態を迎える。それは単なるサイコものではなく、書くという表現への挑戦そのものだ。
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