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2014年01月16日20:30

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花やしきと見世物小屋。

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去年で花やしきは開園160周年を迎えた。モチロン、祖父もオヤジも遊んだ近場の遊園地で、私も生まれてから何百回行ったか覚えていないくらいである。
上に貼った花やしきの写真は七十年代で、モノクロだとワカりにくいが、当時すでにあちこち色あせていて、コースターなどはサビが浮いていた。
私はお化け屋敷と見世物小屋目当てに通い詰めていて、こけおどし、コドモだましのお化け屋敷よりは、生々しい見世物小屋の方を好んだ。

確か生まれて初めて入った当時、オトナは三百円だったと記憶している。コドモだった私はいくらだったのかは覚えていないが、祖父がニヤニヤ笑いながら五百円札を出しておつりをもらっていたから、恐らくタダだったのであろう。

出し物は蛇女から始まった。蛇を食べて生き血を飲んだり、生きた蛇を鼻の穴に入れてクチから出したりしていた。
その後、ときとぷらずまがどうの、親の因果が子に報いがこうのと、カラダがねじまがって二目と見られぬ奇形人間と小人たちが現れて、不格好に踊ってみせたり、傘で玉を転がしてみせたりしていた。拍手は何度行ってもまばらであった。

オトナたちの表情は強張って固まっていたが、目はぐるぐると回って何か得体のしれないものを吐き出しているように見えた。あれが「好奇」であることを知るのはもう少し大きくなってからであった。

何度行っても心は晴れやかにならなかった。でも次もきっと行く。地獄巡りとはこんなキモチなのであろうかと当時の私は考えたものだ。

見世物小屋がなくなり、代わって、作り物の人形オンリーの見世物小屋になって、キンキンした声で口上が流れ、デフォルメされた人形たちがケラケラ、コロコロと笑うなか、私はなぜか晴れやかな心になれた。最後の最後に女相撲のデブ女の人形が現れて、デカい乳をさらすのを見て、私は涙を流しながら笑った。

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その人形オンリーの見世物小屋も今はない。
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