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2014年01月11日19:18

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あぶない女の子たち。 �� 1980年代、不良編。(再掲載)

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いわゆるスケバンという言い方は私が小学生の頃までだったと思う。
生まれて初めて見たスケバンで印象に残っていたのは、登校するのにもハイヒールを履いていたことだ。セーラー服に赤のハイヒールという面妖な取り合わせ。後でそれはケンカ用だと聞いた。ハイヒールで相手を蹴ったり、手に持って頭蓋骨に食い込ませたりするのだそうである。
マンガでは竹刀、ヌンチャク、チェーンなどを持っていたが、リアルなスケバンたちはマッポに捕まらないための知恵を駆使していた。
年上の不良少女たちは仁義を重んじていたが、私と同世代の不良少女たちは仁義なんてものは全くなかった。いかにテッペンまで上り詰めるか、それしか頭になかった。だから引きずるほどの長いスカートのなかにイロイロな道具を隠し持っていた。木刀、金属バット、トンファー・・・
友達にケンカの助っ人を頼まれて出入りに参加した際、ヤンキー女に布やすりを巻いた金属バットでしたたかに殴られて頭から出血したことがあるが、ああいうえげつない道具の使い方には実に感心したものだ。
中学、高校は美術部、ラグビー、柔道、剣道と運動部寄りで若い血を燃やしたが、それだけではおさまらないものを不良の世界で発散させたおかげで、イロイロなタイプのヤンキー女を見ることが出来た。
まず、根性焼き。私の右手の付け根あたりには今でも痕が残っているが、知り合いの子は二の腕に「北斗の拳」を真似て北斗七星の形に七個もつけて、三人の子持ちのママになった今でも残っている。子供たちには種痘の痕だと誤魔化しているらしいけれど、バレるのは時間の問題であろう。
次にスクーター。

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なぜかスズキの薔薇、もしくは蘭と決まっていて、それ以外は乗ってはいけないことになっていた。免許は当然無免許。ヘルメットもかぶっていなかった時代であった。
次にオキシドール。髪の毛を脱色するのに必要なアイテムで、失敗した子はハウスマヌカンみたいに大胆に刈り上げたりしていた。
後、理想の不良カップルは近藤真彦と中森明菜で、ツーショットの写真がそれぞれの定期入れにお守り代わりに入っていた。

リアルタイムではそんなカンジであった。

積み木くずし、不良少女と呼ばれて、極悪同盟・・・当時のヤンキー女たちはテレビからも影響を受けていて、仲間のなかで唯一ビデオデッキを持っていた私の家によく録画を観に来ていた。

あぶない女の子としての要素はケンカだけだったと思う。シンナー、トルエンをやっているのは見たことがなかったし、売春のハナシも聞かなかった(その証拠にみんな貧乏人であった)。野良猫の縄張り争いと同じで、抗争相手とカオを合わせるとメンチを切り合う、そんな硬派なあぶなさであったと懐かしく思い出す。

第一、十四歳にもなって想像妊娠で大騒ぎするヤンキー女なんてそうそういない。

あの時カンパで五千円もとられたが、十何年かたって結婚式の祝儀に三万包んだら、引き出物と一緒に五千円返ってきたのには笑ってしまった。
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