mixiユーザー(id:1640816)

2013年11月18日19:20

1169 view

二次創作を超えるということ。

フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


上に貼った一部は鈴木土下座衛門氏による同人誌「虫愛ずる姫君」から。
ごらんのように「風の谷のナウシカ」の成人向け二次創作である。
この後、蟲との交尾、輪姦、レイプ、腹ボテ、出産とマニアックな展開になっていくのだが、驚くべきことにナウシカの世界観がこれっぽちも損なわれていない。
ああいう世界でそのまま起こり得るだろうな、と違和感なくスッと入り込めてしまう。
おまけに絵のクォリティの高さが読後感の気持ちよさを誘う。

私はご存知のとおり、二次創作容認派だが、私の友人知人には否定派が多い。従ってコミケなどクソの集まり、オリジナリティのかけらもないラクガキの掃き溜めと手厳しい。何よりも人様の作品をエロで穢す行為を嫌悪している。ほんとうにクソ真面目すぎて、かえって想像力を狭めていることに彼らは気づいていない。そのことを遠慮なく切り込んだことがあるのだが、私は変態だからそんな戯言を言うのだと全く相手にされなかった。
それで友人知人のつながりがあるのも不思議だが、今一度彼らに鈴木土下座衛門氏の驚くべき二次創作を見せてどう思うかを聞いてみたい。

私と同じくリアルタイムでのナウシカ世代なので、ナウシカに対する愛着の度合いは宮崎駿先生への崇拝と合わさって、宗教化してしまっているといっていい。何も考えずに顔を真っ赤にして冒涜だと叫ぶであろう。

でも二次創作は確かに何かっつうとすぐエロパロディに持っていく節操のなさ、下品極まりない妄想の垂れ流しがほとんどを占めるが、たまにこういう、奇形児のような大傑作が生まれてくるのである。

そのあたりを支持したいとTwitterで表明していたのは、あの小池一夫先生なのだ。

二次創作は想像力の坩堝である。オリジナルへの敬愛がまずあって、破壊と創造を繰り返して、数多の反芻を経て、その人個人の世界観が現出する。
ナウシカの微笑みはみんなのもの。
しかし、ナウシカのケツはその人個人のものなのである。

私は馨の紹介で手に入れて読み知ったのだが、ホドロフスキーがナウシカを絶賛していたほんとうの理由が分かった。最初は王蟲のグロいデザインに悦んでいたのかなと思っていたのだけれど、ホドロフスキーがメビウスと組んで発表したマンガをお読みになった方々なら、彼がナウシカに何を見ていたのかは容易に想像がつくであろう。
というより。
完全にホドロフスキー版ナウシカと言っても差し支えない。それほどの大傑作である。

二次創作を超えるのはやはり独特の、徹底した美なのだ。
9 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2013年11月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930