私と同年代の方々なら、小学生の頃異常に流行った心霊ブームをご記憶のはずである。
私ものっかって、オヤジのマミヤ一眼レフカメラを操って心霊写真の偽造をたくさんこさえた。
心霊ブームにのっかる人は大きくふたつに分かれた。ひとつは、私のように完全にお遊び、娯楽として愉しむもの。そしてもうひとつは、至極真面目に受け取って、八幡書店のクソ高い本や、ヒランヤなどというわけのわからないアクセサリーを買うものである。
私はお寺の子なのでずいぶんコッチ方面とあやしげな連中にソデを引っ張られたものだが、お寺の子だからこそ霊の存在を信じないとクチを酸っぱくして説明したり、将門の首塚で寝転んでみせたりと連中の感情を逆なでしてずいぶん嫌われた。
心霊ブームの立役者であるつのだじろう先生は、そういう意味で、罪なことをしたと思っている。マンガの表現者としては、当時は珍しかったコピー貼り付けの技術を駆使して(他にやっていたのは藤子不二雄A先生だけだった)、新しい視覚効果を生み出していたのだが、ガチで霊はいるなどとマンガで大いに口伝したため、日本じゅうの少年少女の多くが本気で信じた。
その一部は現在、ヘンな新興宗教に入信していたりするのだが、つのだじろう先生は某誌でぬけぬけと自己責任と断言している。
私の友達も本気で信じたひとりで、おへその上で両手の親指と人差し指で三角を作って寝れば悪霊にとりつかれないというおまじないを、なんと44歳になる今でも続けている。彼には姉妹の娘たちがいて、奥さんと同じくススメたそうだが、小馬鹿にされているという。
それは当然だろう。たかがマンガで描かれたものを真剣に受け止める方がどうかしている。
こういうのも自己責任なのだろうか?笑。
今、犬神チルドレンの子供たちは、「うしろの百太郎」を読んでも、しゃべる犬ゼロがかわいいとか、一太郎が気持ち悪いくらい剛力彩芽にそっくりだとか、笑うだけで、これっぽちも心霊学の知識をまともに受け止める子はいない。
そうなると、あの頃の少年少女がオカシイのではなくて、心霊ブームという時間そのものがオカシかったということだろう。何しろ、七十年代はテレビもグルになって、「あなたの知らない世界」などの心霊番組で視聴者を脅した時代である。
我が家は全員笑って観ていたが、近所の奥さんは真剣なカオで悪霊よけの呪文を教えて下さいと菓子折りを持ってやってきた。
そういう時代だったのである。
いつの日か、つのだじろう先生が「みんな嘘っぱちだよ〜ん」とカミングアウトするマンガを描いてくれるといいのだが、おそらく最後まで低く笑いながら墓に入ることであろう。
かくして哀れ、真剣に受け止めてしまった人たちは、死ぬまでまやかしに怯えながら暮らしていく。でも考えてみると、霊を笑い飛ばすより、本気で怖がる人の方が面白い人生を送れるのかもしれない。
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