向かいの附属中学校の生徒にE君という子がいて、将棋の相手をしてもらうために時々招いているのだが、彼は推理小説家志望とのことで、特に横溝正史の「犬神家の一族」を我が国のミステリの最高峰と位置づけている。
私は海外のミステリをススメたのだが、カー、クイーン、クリスティ、ロースン、セイヤーズといった面々を薄味と一刀両断し、日本人なら日本の風土にあったミステリにこだわらないと、と青臭くも、なかなか頼もしいことを口にしている。
そんな彼が今日まで熱中していたのは、当寺の複雑な家族関係をモデルに、小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」に匹敵することを目標に、奇怪な殺人事件を習作として書くことであった。
将棋の盤の上でプロットを手渡されたのでどれどれと読んでみたのだが、直系ではあるが身体障害者にして精神障害者のため影に追いやられた「私」、分家の住職の「ケンタ」、謎のインド人の「ミスラ君」、ミステリアスな「よしこさん」、監禁されたドイツ娘の「おヒル」、ハンガリー人の少年少女の「エリザベート」、「モール」、そして誰だか分からない「パイニャン」といった家族のなかで正体不明の他殺死体が見つかるという内容だった。
おめえ、よく観察してるじゃねえかと笑ったのだが、今回、尼崎大量死事件が報じられてからは、私たちをモデルにすることにすっかり興味を失ったようで、笑、先ほどの昼休みにウチで読売、朝日、毎日と各紙を熱心に読み比べて何かをメモっていた。
特に上の図をノートに書き写している様は極度の興奮状態といってもいいほどで、私が卑怯な手段で王手一歩手前まで追い詰めた時にも見せる、知的興奮のそれであった。
私は新潟少女監禁事件を「人柱」、「人身御供」の視点からなぞった。彼は尼崎大量死事件をどういう視点からなぞるのかはまだ分からない。
実際に起きた事件をモデルに何かを書くというのは、書き手として事件の核心に迫る、それも当てずっぽうではなく、キッチリ真相に辿り着く責任が伴う。そうでなければ作品として読む価値がない。
従って、何かに例えてなぞる必要がある。新聞の記事、ワイドショー、ニュースといった情報をかき集めて、俯瞰しつつ、別の角度から真相を導き出すのだ。
私は宮崎事件、酒鬼薔薇聖斗事件、新潟少女監禁事件をなぞっていく作業に没頭出来たが、今回の尼崎大量死事件と比較されている北九州の事件だけはダメだった。謎が全く存在しない、胸くそが悪くなるだけのケダモノの所業だったからだ。
でも尼崎大量死事件は、なぜこうも多くの人間たちを支配出来たのかという謎、その点を何かに例えてなぞっていく価値があると思う。
カネと人間関係だけでは真相にたどり着けない、人間の心の闇。
それを解き明かすこと。
それは人類のゲノム解析に匹敵する、最高の貢献のひとつなのである。
私はヴァン・ダインの「僧正殺人事件」のクライマックスで犯人が最期に口にした言葉を決して忘れない。
「最後の真っ暗な時間、人間の心の中に、何事が起こっているか、誰にも知ることはできん」
ログインしてコメントを確認・投稿する