mixiユーザー(id:1640816)

2012年09月09日15:42

196 view

チョンチョン行進曲 Chonchón March ��

「原人、劣等人種を踏み潰し、根絶することによって、高次の英雄的人種は、人種混合、人種頽廃の墓場から立ち上がり、神人へと、胚芽と人種における不滅性と神性へと上昇するのだ」
アドルフ・ランツ

「MAN,n.【人間】 これが自分の姿だと思う姿に、ひとり恍惚として思いふけり、当然あるべき自分の姿を見落とす動物。その主要な仕事は、他の動物たちと、自分の属する種族を絶滅することである。しかし、人間は注目に価する早さで増加し、地球の住める所ならどこでも、カナダにまで、はびこる始末である」
アンブロウズ・ビアス 「悪魔の辞典」

1 空からの知らせ

 わたしの名はタロー・タナカ。日本 人男性の最もポピュラーな名前だ。特にタローという名前は、あまりにもポピュラーすぎるので、現実の日本人男性でそういう名前の人はおそろしくまれである。にもかかわらず、両親はわたしにタローと名づけた。子供の頃、わたしが名前のことで文句を言うたびに、両親はきまってこう言ったものだ。「息子よ。あまりにも平凡すぎる名前は、一風変わった、個性豊かな名前でもあるのだよ」両親の言うことは嘘ではなかった。大きくなったいま、わたしは、名前だけでなく人間として一風変わった、個性豊かな日本人男性となった。人間として、どういうところが変わっていて、個性豊かなのかを一口に説明するのは難しい。わたしの生活しているこの環境も含めて、長い長い説明が必要だ。親愛なるホモサピエンスよ、いま、死ぬほど退屈で暇をもてあまし、もしくはわたしの物語を聞くことの他に何もすることがないのなら、ゆっくりと腰を落ちつけて聞きたまえ。これがおそらく、地 球最後の物語になるかもしれないのだから。 
 子供のころ、わたしは将来探偵になると決心していたが、まちがってもパイロットにだけはなるもんかと心に固く誓っていた。高所恐怖症というやつではない。飛行機がきらいなのだ。空を飛ぶという行為そのものがだいきらいなのだ。なぜかって?車や電車なら地面の上だから、もしもの場合でも何とかなる。船なら水の上だから、まだ何とかなる。しかし、飛行機ときたら、何たって空気のど真ん中だ、どうにもなりゃしない。たまに助かる人がいるが、あんなのはあくまでもたまにだ。たいていは地球のクソ野郎に体当たりされてくたばる。そして、いま、わたしは決心したとおり、探偵になった。しかし、何ということか、世界的に活躍するようになったので、世界各国を飛行機で飛び回らなきゃならないはめになった。 いまいましい飛行機め、きさまなんか、ライト兄弟といっしょに遠い過去へ消えちまえばよかったんだ!
 ある日、ブラジルはマナオスでコーヒー農園と牧場を経営している父から呼び出しがあった。やっかいごとが出来たらしい。仕方なく飛行機を手配することにした。船があればよろこんでそっちにかわるが、あいにく現代日本には昔ながらの定期的国際客船はない。なるべく窓際にならないように予約した席に座り、成田から機上の人になると、隣のアメリカ人がアウシュヴィッツを特集した雑誌を広げながら、変にしわがれた低い口調で声をかけてきた。
 「ねえ、ごらんなさい。ひどいもんだ、まったく」
 「なんですか?」
 「なんですかって、あなた、これを見ても何とも思わないんですか?」いかにも信じられないような顔をして、アメリカ人の青い瞳がわたしの顔をねめまわす。視線を雑誌に移す と、そこにはユダヤ人の死体の山を庭先で燃やしている写真があった。手前でシャツ姿の男が山からはみ出た死体を火の中に蹴っ飛ばしている。
 「なるほど。アウシュヴィッツですか。確かにひどい」
 「そうでしょう。とても人間のやることとは思えませんな。悪魔の所業だ」
 「悪魔ですか、はあ」
 「ちょっと待って。あなた、どこの国の人ですか?」
 「日本人ですよ」
 わたしがそう言うと、アメリカ人はベタベタのヤンキー英語で“シット(畜生)!”と罵声を漏らした。「ジャップめ、よりによってきさまと隣同士とはな。おれは真珠湾の屈辱は忘れてはおらんぞ」
 「わたしこそ」とわたしはいかにも日本人らしく見えるように、ニヤリと笑ってみせて続けた。
 「ヒロシマとナガサキを忘れていませんよ」

2 ガレオンの夕陽

 リオデジャネイロのガレオン国際空港に到着するまで、わたしとアメリカ人は口もきかなかったが、荷物受け取り場で向こうの方から非礼を詫びてきたので、その場でなにもなかったことにした。
 「失礼。わしは興奮すると齢を忘れるタチでしてな」
 「なあに。気にしていません」
 「ときに、わしんとこの大統領をどう思うかね?」
 「クリントンのことですか?よく分かりませんけど、なんかパッとしないですね」
 「そうでしょう、そうでしょう。まったく、最近の大統領は名前からしていかん。ブッシュはプッシーを連想させたし、クリントンときたらクリトリスだ。レーガンが懐かしいよ」
 ヤンキー老人がやっと行ってしまうと、わたしは辺りを見回した。迎えがきているはずだっ た。すると、背中の方からふいに声が飛んできた。
 「オ・セニョール・エー・オ・セニョール・タナカ?」頭の中で自動的に訳すると、それは「あなたは田中さんですか?」と聞こえた。だから、わたしは、唸り声をひとつ上げると「スィン・セニョール(はい)」と返事をした。目の前には、褐色の肌をした端正な顔立ちの白人青年が微笑を浮かべながら立っていた。白い麻のスーツに黄色いTシャツという服装がなかなか似合っている。握手の儀式が始まると、青年は「ハンス・マインシュタインといいます。田中牧場の共同経営者のフリッツ・マインシュタインの息子です。ムンイト・プラゼール(よろしく)」と自己紹介した。わたしは目を細めてニコリと笑ってみせ、「息子同士ですな。タローって呼んで下さい。イグワウメンチ(こちらこそ)」と返礼した。田中牧場の共同経営者はドイツ人の一家が務めているというのは耳にしていたが、こうして直々に 会うのは初めてだ。わたしたちはタクシーに乗ると、リオデジャネイロ市内のサントスドモント空港近くの事務所に向かった。
 「タローさんは、ここに何回いらしているんですか」
 「赤ん坊の時に一回。成人式の時に一回。今回で三回目だね」
 「たった三回しかいらしていないんですか、ご両親がおられるというのに」
 「はっきり言うとね、僕はこの国があまり好きじゃないんだ。長くいると、完全にブラジル人になっちまう。そういうお国柄だからね。僕は死ぬまで土着的な日本人でいたいんだ。それに親父とソリが合わないってこともある」
 「知っていますよ。お父さんは左翼で、タローさんは右翼なんでしょ。政治的観念の相違とかで。でも、あなたはお父さんが困っていると、こうして駆けつけてきた。いいですね、そういう関係って」
 「君は何も聞いていないのかい、 親父の頼み事って何なのか・・・もったいつけて何も言わないんだ、親父の奴、ただ早く来てくれって言うだけで」
 「直接でしか言えないことなんでしょう。わたしは何も聞いていないです」
 「まさか、革命を起こすとかじゃないだろうね?」
 「そんなべらぼうな。カストロじゃあるまいし」
 「いや、親父ならやりかねないよ。何たって、親父は学生の頃、安保闘争でビートルズの『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ』をガンガン鳴らしながら機動隊に石を投げてたって話だ。まったく、カストロなんかメじゃないぜ」

3 肉の味

 事務所に落ち着くと、わたしは明朝の出発までリオの夜を楽しむことにした。明日になれば、こういう都会的な場所から、鬱蒼としたジャン グルと海のようなアマゾン河に囲まれた田中牧場に移ることになる。親父のような原始人に変わっていく前に、都会人らしい愉しみを味わいたい。国立の美術館、図書館、歴史博物館の巡礼をやった後、フラメンゴ海岸沿いのシュラスカリア(肉料理店)に入る。牛や豚、鳥などのありとあらゆる肉を死ぬほど食わしてくれるところだが、日本円にして二千円もあれば十分という安さだ。
 「アー!タロー!アー・ムンイト・テンポ(久しぶりじゃねえか)!」テーブルにつくなり、まだ若いシェフが剣のような肉包丁を振り回しながら近寄ってくる。名前はアリ。ここでの保育園で一緒だった幼なじみだ。昔からぽっちゃりしていた奴だったが、今じゃホラー映画のチェーンソー男そっくりの身体つきだ。わたしは手をぴらぴらさせながら「オー・キ・タウ(やー、どうだい)?」とやった。「アスイン・アスイン(まあまあさ)」と答えた後、アリは「ヴォセー・エスター・リヴリ・アゴー ラ(今ヒマかい)?」と続けた。わたしは頷き、「エストゥ(うん、ヒマだよ)」とやり、「ケーロ・コメール(とにかくオレは食いたい)」と続けた。アリはニヤリと笑うと、ガチョウそっくりの動作で厨房に消えていった。やがて運ばれてくる料理の数々。日本じゃ最大でも二百グラムとか三百グラムのステーキしか食えないが、ここでは好みで例え丸々一頭分でも食べられる。とりあえずわたしの好みは、一キロからだ。それも骨つき(リブステーキ)。焼き方はレア。セルベッサ(ビール)で血の味を消しながら思いっきりがっつく。肉の大味にアキがきたら、しばらくタマネギとトマトのサラダをつっつく。そしてまた肉。鳥はぼそぼそ。豚はくちゃくちゃ。牛はがつがつ。そんな咀嚼の感じで、羊や犬や猿とかになってくると、スジが多くなって味も臭みが出てくる。わたしの大食(グルマン)、健啖ぶりにアリが目を細くして、向かい側にどっかりと座る。地酒の瓶とグラスを二 つ手にしていて、それをテーブルにおくと注ぎ始めた。ピンガだ。さとうきびから作る焼酎だが、独特の甘ったるい臭いを消すためにレモンなどの酸性が強い果物が個人の好みによって使われる。もっとも、果物を混ぜて飲むのは、たいていガキか外国人旅行者くらいなもので、地元の人間はストレート、生一本でやる。わたしはアリからグラスを受け取り、アリのグラスにカチリと返礼すると、一気に飲み干した。「エー・ファンタスチコ(全く素晴らしい)!」思わず呻いてみせる。
 「どうだい、味は?」
 「言うことなしだね。たいていの肉がそろってるし」
 「ウソこけ。アレさえあればと思ってるだろ。まったく、タローはアレに目がねえからなあ・・・」
 「何だい?」
 「人肉さ」
 「ああ。特に女がね。それにしても、食うこととブチ込むことって、どうしてああも似てるんだろうね」
 「決まってるさ、どちらも最初にたっぷりヨダレをたらすからだろ」

4 シャドウ・タイム

 もう一杯。そうやって杯数を重ねていくと、辺りは客が多くなり、バンドマンや踊り子もやって来て、小規模のカーニバル並の喧噪に発展していった。アリは店主だが、後のことはみんな店員たちに任せたとみえ、今夜はわたしととっぷり飲み明かすつもりらしい。
 「なあ、タロー、今回は何で来たんだい?」
 「親父に呼び出されたのさ。何で呼び出されたのかしらんが、俺を日本からわざわざ呼ぶくらいだからよほどやっかいごとが出来たんだろう」
 「あんたの親父さんの牧場って、確かマナオスの奥地なんだろ。こっから飛行機で行くんかい」
 「うん、クソッタレ飛行機で、明朝出発さ。それまで愉しもうってわけだ」
 「そうか、そんなら後で女もごちそうにならねえとな・・・こっちの事務所には確かハンスとかいうドイツ人がいたっけな。もう会ったのかい」
 「さっき案内されたよ、ガレオンから」
 「やつのことをどう思う?」
 わたしはアリの目をじっと見つめた。真剣な目つきだ。どうやら、ハンスという青年はあまり快く思われていないらしい。なぜだろうか。
 「会ったばかりだから何ともいえんが、真っ白なスーツ姿が印象的だったな、『ブラジルから来た少年』のヨゼフ・メンゲレみたいで」
 「メンゲレを思い浮かべたのは奇妙な一致だな。やつのじいさんはメンゲレと同じくここに逃げてきたナチスの幹部なんだ。つまり、ハンスとその一族はあのいやらしい人狼の群れってわけさ」
 記憶が瞬き、飛行機の中で見たアウシュヴィッツの写真が蘇ってきた。
 「アリ、そいつは偏見ってものだよ。親がナチスだったからって、そ の子供まで同類と見なすことはないじゃないか」
 アリは首を横に振り、わたしの肩に優しく手をおいた。
 「いや、俺だって根拠もないのに人さまのことをとやかく言うのはバカげてると思ってるよ。それなりの分別は持ってるつもりだ。いいかい、俺はハンスのじいさんをナチスの幹部なんだと言った。だったとは言わなかった。まだ生きてるのさ。しかもだな、メンゲレは医者だったという話だが、マインシュタインは魔法使いだという話だ」
 わたしはニヤリと笑ったらしい。アリは肩をすくめてみせると、わたしの反応を非難するような口調で続けた。
 「まあ、魔法使いと言ってもだ、ナチスってもともとああいう連中だ、てめえで魔法使いと自称する奴がいたって別に不思議じゃないさ。そうだろ?」
 「確かにね・・・それで、ハンスも魔法を使うってのかい?おいおい、 何だか話が中世の暗黒時代めいてきたぜ」
 「昔も今も変わらんさ・・・人間ってやつは・・・本質的にな。俺は話を知っているだけで、信じちゃいないからそのつもりで聞けよ。ハンスも含めたマインシュタイン一族はこのへんじゃ忌み嫌われているんだ。ナチスの影を背負っているってのもそうだが、それ以上にマクンバ(ブラジルにおける黒人原始宗教。ハイチのブードゥ教も系列上に入る。ここでは魔法、呪いの意)めいた不吉な臭いを漂わせているんだ。いいか、そういう気持ちになるのは分かるが、これだけは真面目に聞けよ」
 わたしは無意識にもニヤニヤ笑っていたらしい。ピンガをぐい飲みして、肉の塊を口の中に押し込んだ。頷いてみせる。
 「しょうがねえな・・・でもよ、例え、全くのヨタだとしても、知っておくにゃ損はねえやな。何たって、どんな理由にしたってあいつらはマジで毛嫌いされてんだからな・・・そ れがよりによって、あんたの親父さんの相棒ときている。だからこそ、タロー、おめえに話すんだ。いいか。マインシュタインにゃ牧場経営業の他にもうひとつ顔があるんだ・・・何だと思う?新興宗教だぜ」
 わたしは思わず笑い声をいっぱいになった口の中から漏らした。肉を喉の奥へ流し込みながら、「そいつはすげえ。第四帝国振興教か?」とやった。
 アリは意味ありげに遠い目をした。「いいや」と首を横に振る。「世界破滅教っていうのさ」

5 何の話だったっけ?

 その後は、実を言うと、よく覚えていない。酒がどんどん入って、バカ話に発展していって、陽気な気分で浮かれまくった揚げ句、正気に戻ったら、薄暗いところでベッドに寝ていた。右手に紙の感触があるので、目のところに持っていったら、アリの字で「次は女のごちそうだ。楽しめよ。後で女から土産を受け取りな。うまくやれよ、タロー」と書いてあった。わたしは、紙きれを握り潰して丸めると、腕時計を見た。大丈夫。出発の時間まで十時間以上もある。
 「お水はいかが?」
 一目でメスティーソ(混血)と分かる娘がキッチンから顔を出してきた。
 「出来ればミネラルウォーターが欲しいね。名前は?」
 「エステル」
 「ハンガリー系の名前だ。ハンガリーと言えば、あそこの気質としては一度火がつけば激しいと聞くけど、 おまえさんはどんなんかね?」
 「すぐ分かるわよ」
 コトがすむと、わたしは腕時計を見た。あと二時間だ。ミネラルウォーターの残りを飲み干してしまうと、札入れからいくらかの札をテーブルの上においた。
 「エステル、アリの土産は?」
 ベッドの上のしなやかな肉塊がもぞもぞ蠢く。
 「ちょっと・・・待ってよ・・・いま出すわ。ねえ、あんたホントに日本人なの?」
 「そうだよ」
 「日本人って、早いって聞いてたのに。それに、やってる最中にいちいち“オレのは小さい方か?”って聞いてくるって」
 そう言いながら、エステルはベッドの下から釣り道具一式を引っ張り出した。わたしは中身をあらためた。釣り竿、リール、釣り針、仕掛け、おもりの中に、物騒なものが混じっている。拳銃とライフルだった。餌の箱の上に積んだ弾薬の箱に、アリ からのメッセージが書き込んである。「用心しろよ。マインシュタインだけじゃなく、ロボにも。忠実なる友アリより」
 「ロボって誰のこと?まさかそのまんま(ロボとはオオカミのこと)ってことはないわよね?」
 わたしはエステルの顔を見ながら、眉を吊り上げてみせた。
 「サンパウロの殺し屋さ。奴とは昔からの知り合いでね、親父の妹の息子なんだ。つまり従弟だな」

6 どこでもドアを作った男

 わたしはエステルにロボについてひとつ面白い話をしてやった。
 「奴は小さい時から血と銃が大好きだった。伯母さんとその亭主が西部劇の大ファンで、息子と一緒にしょっちゅう見てたからだ。特にマカロニウェスタンが好きだった。人がバンバン殺されるからな。だから人を殺すことを何とも思っちゃいない。そして奴は、小さい時からおそろし く頭が切れた。マンガの『ドラえもん』を愛読してたからだ。四次元ポケットの中から出てくるもの、みんな、本当に作れるものだと思っていたんだ。その気になりゃ自分でも作れるとも言ってたな。その中で、どこでもドアを簡単に作れるって自慢してた。ある日、作り方を聞いてみたら、これがすごい。原っぱの真ん中にドアを置いて、カモに『これがウワサのどこでもドアでございます』とやって、カモがノブを握った途端即効性の麻酔ガスをかけて眠らせて、そのままドアとともにカモの希望したところへ運ぶんだと。そして、眠ったやっこさんを立たせてノブ握らせて、麻酔から醒めさせて、ハイ出来上がりというわけさ。その繰り返しでどこでもドアを本当に作れるって言ってたよ」
 「ヘンな殺し屋ね」
 「ある日、奴の仲間がからかい半分にどこでもドアを見せてみろと言った。ただし、みんなの見てる前でという条件がついていた。そこで奴は どうしたかというと、どこかのルートで大量の麻酔ガスをしこたま買い込んで、例の方法をみんなにもやろうとしたんだ。こっそりガスマスクをつけてやってみたはいいものの、ガスが間違っていた。毒ガスだったんだ。どこでもドア見物に集まった連中は一人残らずあの世に行っちまった。その点じゃどこでもドアは成功したさ、ただ二度と戻ってこれなかっただけで。その殺しぶりをサンパウロのマフィアが買って、奴を殺し屋に仕立てあげた、というわけ。とにかく、ひょうたんからこま式の切れぶりと西部劇嗜好が、超一流の殺し屋としての奴の秘密ってやつだ」
 「なんであんたも用心しなくちゃなんないわけ?従弟なんでしょ」
 「奴は昔からわけのわからない奴だったからな、用心するにこしたことはねえわけよ」

7 夢の風景

 サントスドモント空港に行くと、 白いボディに「田中牧場」と漢字で書かれた四人乗りセスナ機が待機していた。ハンスがこっちに向かって手を振ってくる。側には無愛想なツラがまえのパイロットが立っている。
 「おや、釣りをやるんですか。向こうじゃいいのが釣れるっていいますからね」
 ハンスが後部座席のドアを開けながら言う。
 「ナマズとか・・・ピラーニャとか・・・みんなおいしい」
 わたしは荷物を背中側に積み込み、一人分の余裕が出来た後部座席に座った。
 「俺は飛行機がだいきらいなんだ。だから、飛んでる間グッスリ寝ているよ。着いたら起こしてくれたまえ」
 ハンスは肩をすくめてみせた。わたしは足を組んで横になり、目を暝った。暗闇の中で、機体が走り、フワリと浮かぶ感触がする・・・辺りがゴーゴー音を立てている中、わたしはいつしか夢の世界に入っていった。
 世界の終わりだ!
 誰かが悲鳴とともにそう叫んだ。わたしは部屋の窓を開け、外に首を出した。すると、おお、なんということか・・・外には見慣れたいつもの風景がなく、代わりに、気味悪い色をした巨大な雲が広がっていた。わたしはよろめきながら家を飛び出した。そこに突っ立って、首を天に向けた。なんということか・・・空いっぱいに毒々しい色をしたキノコ雲が広がっている!
 「ついにやりやがった」
 どこのバカ者だ、核を使ったのは?金か?エリツィンか?まさかアメリカってことはないだろうな?
 「逃げよう」
 でもどこへ?そんなことは逃げながら考えろ!いまは逃げるんだ、一刻もはやく。わたしは家に戻り、車のキイとともにラジカセ、食料などを持ち出し、車の中にブチ込んだ。乗り込んで走り出したあと、わたしは雲の中に見慣れた道路を見出し、そこをライトで照らしながら走るこ とにした。まるで霧の中を走ってるような感覚だ。
 「世界が滅びるのは、古来から人類全体が待ち望んできたことです」
 隣で声がするので、そっちに目をやったら、ハンスが助手席に座っていた。奇妙な黒ずくめの格好・・・わたしは目を大きくひんむいた。ナチスの親衛隊の軍服だったのだ。腕にはハーケンクロイツ(鉄十字)の腕章。
 ハンスが調子っぱずれの声で歌い出す。

  生きることは
  所詮死ぬまでのひまつぶし
  神も愛もひとときの気休め
  人間が本当に充実するのは
  死んだ時だけ
  別にいいことが
  待ってるわけじゃなし
  なぜそんなにしてまで
  生きたがるのか

 わたしは、何か名状しがたい恐怖 に襲われ、肺いっぱいの空気を使って思いっきり絶叫した。
2 1

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2012年09月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30