mixiユーザー(id:1640816)

2012年06月23日17:46

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原稿を並行、多層で書いてみる。

あたしの心臓が狂ったカスタネットのような音を立て、肌に彫り込まれるデジタル・タトゥーの独特の痛みに耐える。細胞単位で着色し、情報を凝縮した原色を様々なパターンで彫り込むやつだ。そいつをスマホのように指の腹で撫でれば、生体電気が反応して、タトゥーが色々な情報を肌に映す。彫り込みが終わると、あたしは自分のカラダを見た。どこもかしこも幾何学的な模様だらけ。唯一、彫り込まれていないのは、おまんこのなかだけ。
そのおまんこをニーナが丁寧に舐め上げ、アップルが彫られたクリトリスが刺激される。その瞬間下腹部から鎖骨までのタトゥーが体内に引っ込むように消え、子宮のあたりからハイウェイの映像が浮かび上がった。ライヴ映像で無人車に搭載されたカメラの視線が流れていく。


それは奇妙な青空だった。空はどんよりとした黒々とした曇り空なのに、中央にぽっかりと開いた丸い穴から目の醒めるような瑞々しい青空が覗いているのである。少女は走り去ったにわか雨に濡れた傘を折り畳み、濡れた夏服のスカートをぱたぱたと仰ぎ、もう一度空を見上げた。その青空は海のなかから見上げる波間の太陽を思い起こさせた。小さかった頃、溺れかけたことがあり、その際見上げたものに通じるものがあったのだ。

上の書き出しはニーナの新作、猿神に続く妖怪ものの短編である。
私は集中して書くタイプなので、今までは一作入魂という暑苦しい書き方をしていたのだが、映画「インセプション」で並行、多層に書いて行くのもいいかもしれないと、今、こうして同時に書いている。
これはなかなか面白い効果があり、それぞれの世界は異なれど、誰が書いたのかは分かる独特のフィーバーを放射出来る。

今、あなたが音楽を聴きながら読書したり、ものを書いたり、ネットサーフィンしたり、チャットしたり出来るように、人間の脳は元々無限に層が重なる構造になっているのだ。ネットがなかった頃も、二重、三重、多重に世界を同時体験出来たはずである。
例えば、電車に乗りつつ、夢うつつのなかでこれからの予定、ありえない妄想、目に入る光景からの夢想と、忙しく感じないほどにあちこち行き来出来たはずだ。
それを人間の常として、昔の人はだらしない行為として精神統一を美徳としてきた。
集中しなければ意識をはっきりと保てない、と。

しかし、集中する方が世界はかえっておぼろげになるものなのである。

それは裸の精神がいきなり多重の層に落ち込んで(幻覚、妄想の世界)、帰ってこれなくなるか、帰ってきにくくなる状態だ。
生きるためには美徳だけでは生きられないのと同じだ。

みなさんも一度は、自らの多重の層にチャレンジしてみてはいかが。

そこにはめくるめく未知の、あるいはもっと早く見られるはずだった世界が広がっているはずである。


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