犬神図書館には亡き青林堂の雑誌「ガロ」が創刊号から最終刊まで揃っている。創刊号からはオヤジが買っていたが、途中からは私が継続して購読した。まあ、親子二代に渡るコレクションで、古本屋の店主に言わせると偉業らしいのだが、雑誌ゆえに乱暴に読み回した上、今でも子供たちが読み回しているので古書としての価値はほとんどない。傷み、折れ、潰れて死んだ虫、みかんの汁、お茶をこぼした跡・・・まあ、読めればいいというのが私、即ち犬神図書館の根本的概念だから、価値があろうとなかろうとどうってことはない。
ガロ系の作家で誰がイチバン好きですかという質問が、二十代の頃からポツポツとぶつけられるが、私は一貫して逆柱いみり先生ですと答えている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%86%E6%9F%B1%E3%81%84%E3%81%BF%E3%82%8A
ガロの購読をオヤジから引き継いだのは中学に上がってからだったから、逆柱いみり先生の1989年のデビューはリアルタイムで読み知っている。初めて読んだ瞬間の鮮烈な衝撃は言葉を丁寧に燻って紡ぎ出したいくらい、一言ではとても済まない。
映画「ブレードランナー」の街の背景の猥雑さは、シド・ミードの未来への視線と既成のテクノロジーの混成からくるものゆえに、ひたすらヴィヴィッドだったのだが、逆柱いみり先生描く猥雑さは我々が細胞レベルで深く、広く、知り尽くしている感触の洪水ゆえに、懐かしさを気怠いまでに感じる。
いつか見た街、いつか来た街、そしていつか夢見た街・・・
私の幼年、少年時代はまさしくこういった風景の集合体であった。その記憶を創作のためにファンタスティックに膨らませたり、切り刻んだりすると、ますます記憶がリアルになっていくという境地を見事に表現しているのが逆柱いみり先生の作風なのである。
ログインしてコメントを確認・投稿する