佐野厄よけ大師へ大厄の厄除けをしに行ってきました。
http://www.sanoyakuyokedaishi.or.jp/
浄土真宗の人間が参るのも変かなあと思ってたんですが、意外と他の宗派の坊主も来てるんだそうで。
今日は俗っぽい格好、青と白の縦縞の開襟シャツ、白Tシャツ、カーキのカーゴパンツ、サングラス、雪駄で行きましたが、他の皆さんがあぐらをかくなか、私だけ「坊さん特有の座り方」、正座とはまた違うやつをしたため、世話役の小坊主(とはいっても二十歳前後の若者)から御坊様ですねと言われて頭をかいてしまいました。笑。
さて、厄よけが終わって。
印象に残ったあれやこれやはボイスでつぶやきましたが、同業者としてイチバン感じ入ったのは読経の仕方。
やっぱりライヴなんですよね、何言ってるのか分からなくっても、音感そのもので気分を鎮める・・・
ウチも南無阿弥陀仏ってハッキリ言いません。
な〜も〜
としか言わないことが多々ありますし、後は口のなかでもぐもぐ呑み込んでしまいます。
太鼓、木魚を叩いたり、鐘を鳴らしたりして、読経に緩急をつけて、聴衆(参拝者)の気持ちをどこか遠くへ連れ去る。
ライヴの醍醐味ですよね。
だから、信者のなかには、宗派によって違う音感でお寺を決める方もいらっしゃいますが、私は正しい選び方だと思います。
自分の好みなんですからね、結局。
ちなみに。
私個人が催眠術にも使える妖しい音感として好んでいるのが、法華経のなかの陀羅尼です。
あに まに まね ままね しれ しゃりてい しゃみや しゃび たい せんてい もくてい もくたび しゃび あいしゃび そうび しゃび しゃえ あきしゃえ あぎに せんてい しゃび・・・
他人を別世界へ連れ去るくらいですから、当然、自分自身も別世界へ飛び込むくらい、読経はリズムがいのちなのだと改めて感じ入った一日でありました。
合掌、南無阿弥陀仏。
ログインしてコメントを確認・投稿する