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2011年01月21日23:15

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邦画漂流 �� 「華魁」

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http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=87400#1

http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=7398

1969年生まれの日本人の私にとって、観てきた邦画にまつわる自分自身を見つめなおすシリーズです。
第一回目は、武智鉄二監督の「華魁」。

ストーリーは以下の通り。

明治中期、長崎の遊廓。華魁と呼ばれ、揚羽太夫と人気を二分する菖蒲太夫は、絵草紙を売っている青年、喜助と恋に落ちている。ある夜、肌のきれいな女を求めて廓にやって来た刺青師の清吉は、相手をした女郎、美代野に魅せられ、クロロホルムで彼女を失神させると、全身に蜘蛛の刺青を彫った。刺青が評判を呼び、美代野は地獄太夫という華魁に出世する。一方、清吉は風呂場でチラッと見た菖蒲太夫の肌に魅せられていた。その頃、絵草紙を売っていることが見つかり、警察に追われる身となった喜助は、菖蒲太夫とアメリカに逃亡を決意する。いざ密行となったとき、清吉が現れ、喜助は殺され、菖蒲太夫は膝にケガをしてしまう。九死に一生を得た菖蒲太夫は貨物船に乗せられるが、着いたのはアメリカならぬ横浜。船員はチャブ屋に華魁を売りとばす気でいた。横浜の遊界で働くようになった菖蒲だが、いざ行為をしようとすると、右膝の傷が喜助の人面疽の顔となり、菖蒲を抱こうとする男たちをおどすようになるが、菖蒲の説得で喜肋の怨霊は消えた。菖蒲はその美貌、肉体、テクニックでたちまち人気者になり、客の一人、ニューヨークの富豪のひとり息子と知り会い、本気で愛し合い、結婚することになった。ところが、新婚初夜、菖蒲の局部は喜助の顔となり、ジョージのペニスに噛みついた。“誰とも一生結婚をしない”という誓いを彼女が破ったからだ。牧師が悪魔払いをするが、喜助は十字架もロザリオも噛み砕いてしまう。そこで菖蒲は「あたしはあなたをいちばん愛しています、未来で夫婦になりましょう」と言いきかせる。と、喜助の顔は消え、菖蒲の局部はもとの美しさに戻った。恐怖心の消えぬジョージを菖蒲は優しく導き、歓喜にもだえる彼女の表情は、浮世絵の女の美しさも及ばぬものだった。

初めて観たのは、1983年の二月だったと記憶している。
中学の友達数人と「うる星やつら/オンリー・ユー」と「ションベン・ライダー」の二本立てを観に行って、友達と別れた後、一人で観に行ったのだ。
当時の私は、14歳前にしては、「家畜人ヤプー」を読破したりと、いわゆる暗黒文学に詳しかったので、武智鉄二監督のことは古書で入手した澁澤龍彦編集の「血と薔薇」で知っていた。
原作の谷崎潤一郎も「刺青」に魅了されてからは耽読していたので、映画「華魁」の情報はいち早くつかんでいた。

さて観た後。

友達との話題は「うる星やつら/オンリー・ユー」、「ションベン・ライダー」で盛り上がったけれども、私がほんとうに盛り上がりたい「華魁」は誰にも言えないままであった。
家庭教師もウブい女子大生である以上は、わざわざ話して貞操の危機をいたずらにあおっても仕方ないであろう。

でも一人で悶々、鬱々と溜め込むと“病む”ので、当時不純異性交遊関係にあったクラスメイトの女の子を相手に、ちちくりあいながら、ピロートークで「華魁」の話をした。
彼女のリアクションはいたって自然で、「気色悪いわね!!」だったのだが、私の「そんな姿になってまで純愛は貫けるものだろうか?」の問いには黙りこくって布団の端っこを握り締めていた。

元々、彼女が私と深い関係になったのは、“異形の愛”にこそ人間性が感じられるという私のこだわりに惹かれたからであった。
彼女は中学一年で文芸部を創設したくらいの文学少女で、同じく美術部を創設した私とは放課後の時間帯が同じで、親しくなるフラグはすでに立っていたのだ。
私がかなり本を読んでいることを知って、文芸部への寄稿を依頼してきたのだが、テーマがラブストーリーだったにもかかわらず、部員たちの少女漫画チックなシチュエーションのなかで、私は明治時代を舞台に洋館で繰り広げられる、癲癇持ちの令嬢と美しい下男の少年の血と汚物にまみれたグロテスクな純愛を書いた。
当然、顧問の先生は中学生の読むものではないと掲載を見合わせたのだが、部長の彼女も含めて部員たちは私の文章力を認めてくれた。それで文章力があるのになぜあんな内容を?と疑問を抱き、文学少女として彼女は私の謎を解き明かそうと私との深い関係に入ったのである。

私の影響で。
裏ビデオで入手した映画「華魁」を観た後の彼女は、完全にポプラ社文庫の吉田としを心の師とあおいでいた彼女自身ではなくなってしまっていたが、異形への憧れどまりで、淫靡さの果てにのぞめる純粋さを目にするまでには至らなかった。

簡単なことである。
谷崎も、武智も、私も、異形を通じて人間を見たかったのであり、彼女のように異形そのものに溺れることを善しとしなかった。

そんな思い出がこもっている「華魁」。
今あらためてDVDで観返すと、エクソシストの真似事には思わず笑ってしまうけれども、武智流の独特の言い回しに、人間性、美意識を深く感じずにはいられない。
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