眠りが浅い時に限って、変な夢を見る。
昨晩は、テンパッている業さんちから帰って、大道具のベッド探しに集中して、シャワー浴びて、布団を敷かずに畳の上にパンツ一丁で大の字で寝た。
そうして、三時間くらいして起きたのだが、頭の中ではまだ一人の目玉の大きな老人と座卓を挟んで、ひそひそ話をしていた。
その老人が川端康成だと分かったのは、実は起きてからだった。
もちろん、私はリアルで会ったことはない。しかし、荒俣先生の「帝都物語」の続編の「真・帝都物語」を書く上で、三島由紀夫の後を追うようにガス自殺を遂げる川端康成の心情にのめりこんだことがあったので、当時は文字通り、川端康成の写真資料などを穴があくほど見つめ続けたものだ。
そして。
小説作品は教科書に載っていた「伊豆の踊り子」を筆頭に、「雪国」、「山の音」、「古都」などを一通り読んできたが、どれもこれも肌に合わなかった。
唯一、面白いと思ったのが、新潮文庫の「眠れる美女」に収録されている「片腕」である。
少女の片腕と暮らす男の物語で、あまり知られていないが、川端康成が実は恐るべきエロティシズムの美学の持ち主だということを思い知らされる名編なのだ。
いわゆるむっつりスケベというやつで、豪快なスケベだった親友今東光和尚とはいいコンビだったのも頷ける。
そんな川端康成と、私は何をひそひそ話していたのか?
襦袢についてだった。
ミラさんのビデオのヒロインの衣装が襦袢で、私が用意を引き受けたのだが、夢の中で、川端康成は目をギョロリとむいて、への字の唇を微かに吊り上げて、同じことを何度も囁いていた。
「襦袢は赤より白の方がいいね、経帷子のように純白なやつがね」
大正ロマンとか寺山修司っぽさでいくと、襦袢は白衿に赤というのが私も含めた大勢の見解なのだが、死装束のように純白となると、猥雑さは影を潜め、厳かな何かが浮上してくる。それをエロスとして表現すればなかなか雰囲気たっぷりだよと、川端康成は言いたいのだろう。
なるほど。
そうかもしれない。
エキストラが派手な格好だけに、その方が際立って見えるかもしれない。
早速用意しよう。
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