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2009年08月15日22:56

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木村さん死す。

長年、当寺の寺男として勤めてくれた木村さんが今日、入院先の病院で亡くなった。
心不全、享年七十七歳。

木村さんが寺男として当寺に来たのは、十三歳の時で、昭和二十年の八月十五日、即ち今日である。
迎え入れたのは、祖父で当時四十四歳だった。

元々は檀家の息子だったのだが、東京大空襲で家も家族も失ってしまい、隅田川の淵で死体の山に覆われるようにして気絶していたのを祖父に助けられて、寺男となったということだった。
焼夷弾の雨で燃えさかる街を必死で逃げまどい、隅田川に飛び込もうとしたら、後ろから大勢の人たちに押されて、そのまま川のなかへ押し込まれたところまでしか覚えていないそうだが、そのおかげで上に重なった人たちが黒焦げになって、命拾いしたのだ・・・

最初はそれなりの年になって職を見つけるまで置いておくつもりだったらしい。
しかし、祖父の日記によると、十三歳の木村さんは焼け野原からリヤカーで運ばれた無数の焼死体を見ても全く無反応で、激しい虚脱状態から、喜怒哀楽の感情をごっそり無くしてしまっているので、例え何十年かかっても心を取り戻させてやりたいと・・・

祖父はそれこそ、衆道に走ったのかと囁かれたくらい、木村さんの自立に手をつくした。

註)老婆心ながら衆道についてはこちらを。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%86%E9%81%93

お寺では一緒に山にこもってみたり、俗っぽいところでは一緒に疎開先だった弘前市の旅館に長逗留してみたり・・・
四国のお遍路も一緒にやったとのことだから、正妻と二人の妾がいる四十路の精力絶倫な中年と、心に深い傷を負った華奢な十代の少年の“同行二人”ぶりを思い浮かべてみると、ドラマを感じて萌えてしまうのだが、木村さんがずっと当寺に勤め続けていたことを思うと、木村さんはほんとうに祖父を信頼し、愛していたのだと・・・

でも。

生前の木村さんが語るところによると、祖父と大喧嘩をしてお寺を飛び出したことがあったらしい。
その理由というのが、祖父の日記では「泰蔵(木村さんの名前)の十六の誕生日祝いに吉原で筆下ろしをさせようとしたら、私の顔をしたたかにひっぱたいて店の前から一目散に走り去ってしまった」と書かれてあるように、勝手に貞操を奪われる羽目になったからというものであった。

デリカシーのなさを反省したのか、祖父はまたもや汗びっしょりになって活気づいてきた下町中を探し回って、神田明神の近くの甘酒屋に住み込みで働いているのを知って、朝一番に店先で掃除しているところを拉致して連れ戻したそうである。

他にも色んな話をしてくれたおかげで、私は祖父をより身近に知ることが出来たし、私が生まれる前のオヤジの言動など、ほんとうにたくさんの記憶を共有することが出来た。
それはまた、おいおい語っていくことにしよう。

時期が時期なので、木村さんの臨終に立ち会えなかったのはほんとうに残念だったが、すでに木村さんとは今生の別れをかわしていた。

見舞い先で・・・

「清ちゃん(私のこと)、あたしゃあ、この夏はとても越えられそうにねえよ、そこで頼みがあるんだ。聞いてくれるかい」と病床の木村さん。
「何でも聞くよ」と私。
「おじいちゃんね、親切にあたしの先祖代々のお墓を守ってきてくれたけど、あたしの骨を全部そこへ入れちまわないで、半分・・・半分以上をおじいちゃんたちと一緒に入れてくれるかい」
「もちろんさ、家族だもの・・・」
「ありがとう、ありがとう・・・ところで・・・」
「何?」
「早いとこいい人見つけて結婚してよ・・・」

木村さんによると、私は祖父に生き写しな上、荒淫なところもそっくりなのだそうだが、苦笑、私がなかなか結婚出来ないのは、時代のせいだと分析していた。
即ち、わざわざ私に養ってもらわなくても、今の女性は立派に生きていけるから・・・

なるほど、そうかもしれない。

「まあ、なんとかなるから心配しないでよ」
「じゃあ、あの世でいい報せを待ってるよ・・・」

それが私と木村さんの最後のやりとりだった。

しかし、それにしても何という奇縁、因縁なのだろうか。
初めて当寺に来た、八月十五日ぴったりに逝くとは・・・

落ち着いたら、木村さんの奥さん、キムばあちゃんと相談をして、木村さんのお骨のうち、頭骨と心臓の位置にある肋骨の部分は我が家のお墓に分骨しようと思う。

長年のお勤め、お疲れ様でした。
合掌、南無阿弥陀仏。
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