待てど 暮らせど
こぬひとを
宵待草の
やるせなさ
こよいは月も
出ぬそうな
もちろん、私はこの歌をリアルタイムでは知らない。
知らないけれども、祖父がレコードでさんざん聴いていたので、自然に覚えてしまった。
オヤジいわく、祖父は「度し難いロマンティスト」なのだそうで、そのせいで僧職にありながら、しかも妻子ある身で吉原の女たちと“恋”を重ね、あちこちに親戚を作ってしまったとぼやいていた。
その祖父に生き写しと言われている私は、自分ではロマンティストなのかどうかは分からないが、この歌を聴くたびに胸がしめつけられるような切なさを感じるので、やはり度し難さでも祖父の後継者なのだろう。
歌い手の高峰三枝子といえば、私の世代だと映画「犬神家の一族」の犬神松子役だが、祖父にとっては銀幕のスターの一人で、秀子か三枝子かの熱の入れようだったとのことである。
見た目は記憶に元々ないわけだから、今ひとつ追い掛けることは出来ないけれども、こうして朝の新鮮な空気を吸い込みながら、歌を聴いていると、昔の人の言葉づかいの上品さ、そして何よりも抒情ぶりに胸を打たれ、当時の“心”を追い掛けることが出来るのだ。
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