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2009年02月23日16:15

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藤十郎百怪夜話 其の二 「かみきり」

祖父の日記を読み返していると、祖父は僧侶になるのはほんとうはイヤだったそうである。歌舞伎じゃあるめえし、世襲制だなんてバカバカしい、坊主なんざ、狐狸の類にでも化けてもらえば十分でえと紙を筆圧で突き破ったくらい啖呵を切っている。
それではほんとうに就きたかった職業とは何か。
東京日日新聞の記者と書いている。

http://www.wul.waseda.ac.jp/collect/b10/7017-7125.html

当寺には、祖父が購読、収集した東京日日新聞のバックナンバーが十数個の茶箱に収められているのだが、残念なことにほとんどがスクラップとして切り抜かれた残骸ばかりで、文化資料としての価値は全くない。祖父は東京日日新聞が報じる世の中の主な出来事には全く興味がなく、徹底して珍談、奇談の類を切り集めていた。
そういう話がほんとうに大好きだったのである。
それで、僧侶になってからも、記事を元に現場検証を独自にやってみたり、無理矢理友人にした私立探偵と組んで、本格的な聞きこみ調査をして記事のウラをとったりしていた。

祖父のスクラップのなかでも、そういう執念が結実しているなと思わせたのが、今回語る第二回目である。

「かみきり」

明治七年三月。
東京本郷三丁目一番地に住んでいる、袋物商鈴木米次郎方の下女ぎんというのが、三月十日の夜九時すぎ、その裏手にある共同便所へ行き、正に入ろうとする時、首筋に陰風を感じるのと同時に、頭の髪が面上に振り乱れて、突然散髪となったので、ぎんは驚愕のあまり、悲鳴をあげて傍に住む愛知県士族曲淵某方の宅へ逃げ込んだが、そのまま気を失って倒れてしまった。
何事も事情のわからぬ人々は、この騒ぎに驚きまどいながら、ぎんを介抱して、気つけ薬などをのませ、ようやく正気にかえらせ、その顛末を尋ねると、突然髪が切られたということが分かったので、すぐさま厠の近傍を探索したが、何の変わったこともなかった。
ただ、ぎんの結っていた、達磨返しという髷が根元から切り落とされて、地上に転がっているだけであった。
それで、これは俗にいう「髪切り」の怪異であろうということになり、婦女子などは殊に怖れおののき、その後白昼でもこの厠へ入るものがないようになったという。


東京日日新聞のバックナンバーでこの記事を読んだ祖父(明治三十四年生まれ)は、早速くだんの現場へ赴き、整地と建て直しですっかり見違えてしまっても、共同便所があったとおぼしき場所を特定し、夜九時すぎになるまでじっとそこに佇むということをやった。
さらに私立探偵に吉原の女を世話することを約束して、鈴木米次郎のゆかりの者たち、さらには隣人の士族曲淵家の者たちの連絡先を調べ上げてもらって、自らアポをとってわざわざ事件のあらましを聞きに行ったりもした。
先方はこちらが坊さんということもあって、門前払いすることなく、聞かれるままに知っている限りのことを話してくれたという点で、祖父は初めて僧侶の身分に感謝したとも書いている。

その結果。

祖父は明らかに興奮状態でこう書いている。

「かみきりの正体、少なくとも本郷の妖怪の正体が判明した。それは人間の子供である。曲淵家は士族のたてまえもあり、その実は困窮の極みにあることを表に出さなかった。内職で鬘を作って売り歩いていたのであった。
その鬘の材料に、家族の髪の毛を使っていたのだが、売り上げを伸ばすために武芸の腕を応用して、剃刀で婦女子の髪の毛を切り落とそうと、家族で練習を重ねたがうまくいかなかった。
そこで、子供を使って切り落とすことを思いつき、剃刀を持たせて、木の上、あるいは便所の陰という不安定な足場から、子供ならではの驚くべき角度から切り落とすことを可能たらしめたのである。
二度は成功したのだが、ぎんの件で新聞沙汰になって、それ以降は髪の毛を調達出来ず、思い切って士族から床屋に身を落としたと、成長したかみきりの子供本人から事の次第を聞いた」

フォト


フォト


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%AA%E5%88%87%E3%82%8A

初めて読んだ当時は、祖父はまだ元気で、子供だった私の「妖怪としゃべったの!?」という驚きにニヤッと笑ったものだ。
祖父は幽霊、妖怪の類は大好きだったが、その存在は全く信じておらず、江戸時代の怪異もよくよく調べ上げれば、人間の仕業と断定出来ると言っていた。

しかし。
私は思う。

人間の仕業なればこそ、それを妖怪の仕業と言ってあげるのもまた、「優しさ」なのではないだろうかと。
祖父の謎解きにかける執念は、私も受け継いでいるけれども、謎は謎のままであった方がいいとも思うのだ。
今回のかみきりは、まだいい方で、祖父が解き明かした事件の真相のなかには吐き気をもよおすような凄惨なものがいくつかあるのを思うと、心の健康のためにも妖怪の優しさは必要だと確信してしまう。


おまけ。

かみきりに対する魔除けのまじないは以下の通りである。

かみきりや姿を見せよ神国の
おそれをしらばはやくたちされ

江戸時代の婦女子はこういう一首の歌を短冊に書きつけて、簪と一緒に髷に差したと、記録に残っている。
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