やっとのこと、3人が帰ってくれたのだが、苦笑、常々言われているように犬神図書館からは(アタマが)無事では出られないということを、当たり前のように言動で見せているのには笑ってしまった。
ママさんは幼児退行化が進み(「つる姫じゃ〜っ!!」全巻を借りていった。何でもお母さんの愛読書だったそう)、ハナちゃん&チエちゃんは渋い漢像を研究した挙げ句、仕上げとして谷岡ヤスジの本をありったけ借りていって、村(ソン)の世界観に癒しを求めると張り切っていた。
そう、1997年生まれの女の子二人組は、犬神図書館にて、谷岡ヤスジワールドにハマッてしまったのである。
谷岡ヤスジ先生を知らない若い子のために以下の公式サイトを。
http://taniokayasuji.jp/
私が谷岡ヤスジワールドと出会ったのは、三歳の頃で、望月三起也先生の「ワイルド7」の作品中だった。
コンクリート・ゲリラ編で、ユキの前をいきなり「アサーッ」のムジ鳥が横切って、(読者も)ビックリするとそれはそういうイラストが描かれたトラックだと判明するという・・・
最初は望月先生のおふざけかと思ったが、オヤジが読んでいた週刊漫画サンデーで連載されていた「アギャキャーマン」を読んで、初めて、谷岡ギャグの奥深さに触れたというわけだ。
小学校の頃は、楳図かずお先生の「まことちゃん」ブームで、私は他の子供たちとともにグワシ!!とか、サバラ!!の指サインを日常的に使っていたのだが、大人相手にいくら指サインをやっても通じないので、笑、幼児時代に会得した谷岡ギャグをやってみせたものだ。
私が得意としていたのは、「語伸ばし」。
ほんっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜とに大丈夫?
意識してやるギャグはそれなりにウケてくれたものだけれど、無意識に出てしまうギャグ(いわゆる天然ボケ)は、破壊的な爆笑を誘った。
喋り方が、ほんとうに「〜だもんネ」とか、「あに?」、「オロッ?」、「シデー」になってしまうのである。
それはイマドキの小学生にも染み込むようで、二人ともタロのような喋り方になってしまったのには笑った。
それをママさんは苦笑いしながら眺めていたけれども、あの子たちは元々いがらしみきおの「ぼのぼの」が大好きな幼児だったから、似た感じの村(ソン)に惹かれたのかしらねぇ・・・としみじみ言った。
なるほど、言われてみればそうかもしれない。
ちなみに私は二人に言わせると、ペタシに似てるそうだが、理由を聞いてみると、達観しているようで食いしん坊という煩悩まみれという点が似てるとのこと。苦笑。
私自身が晴れて村(ソン)の住人になるためには、まだまだ多くのものを捨て去らなければならないのだが、イマドキの子供たちが初対面で谷岡ヤスジワールドに惚れるのは、やはり余計なものをすべて捨て去ってしまった原風景への憧憬、即ち、ピュアさを大人たちよりも持ち合わせているからだろう。
ピュアであれば、晴れて村(ソン)の住人として、タロやアオ、花っぺ、ジッつぁま、タゴと楽しく語らい、絡むことが出来るのだ。
1999年、君たちは二歳だった。当時、私はノストラダムスの予言など信じていなかったが、世界は一度滅亡して、シンプルな世界に戻ればいいと考えていた。
7の月を前に、谷岡ヤスジ先生の訃報に接して、私はほんとうに世界が滅亡したようなショックを受けた。
そして、村(ソン)こそが、私の憧れる来世の風景なのだと悟った。
ところで、よしこさんは、挿絵画家の長新太と谷岡ヤスジ先生の世界観は似てるというヘンな独自論を持っているのだが、そういう見方もまた、ピュアな憧憬からくるものであろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E5%B2%A1%E3%83%A4%E3%82%B9%E3%82%B8
ウィキを参考のために貼っておくけれども、個人的に、先生がかなりのミリタリージープのマニアだということが書かれていないのは残念に思う。
一度だけだが、楽しそうにレアなミリタリージープを運転しているのを見かけたことがある。
その時の先生はレイバンがサマになっていて、ものすごくカッコよかった。
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