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2006年03月23日05:41

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「耽奇館主人の日記」自選其の七十四

2004年10月13日(水)
亀戸水神郷愁のこと。

カテキョ第一日目、無事終了。
教え子のお嬢さんの家は、JR亀戸駅の北口より乗り換えの、東武亀戸線の亀戸水神駅から降りたところにある。
旧中川の水の匂いを運んでくる、亀戸中央公園を眺めながら歩くと、亀戸水神駅が・・・・・・まだ木造の古い駅だった頃を思い出す。
昭和四十年代の終わり頃、小学校に入る前の年頃と記憶している。
ラフな私服姿の祖父と連れ立って、亀戸天神へ葛餅やところてんを食べに行った帰り、必ず亀戸水神駅周辺を散歩していたのだ。
そうして、旧中川沿いに、浅草のお寺へ帰ったのだが、当時の昭和の東京下町の風景は、私の心の中で瑞々しく生き続けている。
亀戸水神といえば、私にとって密かな一人遊びをしていたところでもある。
生死を賭けた、非常に危険な遊びであった・・・・・・
わざわざ補聴器を外して、ほんとのつんぼ状態で、線路の上をどれだけ歩いていられるかというものだ。
何であんなことをしていたのか、分からない。
感覚を磨くためだったのだろうか?
で、こうして日記を書いていられるわけだから、電車にはねられることはなかったのだが、一度、線路沿いの民家の下でしゃがみこんで、線路がガタガタ鳴るのをじっと見つめていたら、両端から作業員の男たちに挟みうちにされたことがある。
そこで、私は素早く、民家の窓から中に入り込み、靴を脱いで、中でちゃぶ台を囲んでスイカを食べていた家族に頭を下げながら、さっさと外へ出てしまった。
あそこでそういう遊びをしていたのは、どうやら私だけではないようだ。
ほんとに民家すれすれの線路なので、子供たちにとってはかっこうの遊び場なのだ。
はねられて死んだ子供もいるようだけれども、だからこそ、遊びがいがあったのである。
危険ではない遊びなんて、これっぽちも面白くない。
少なくとも下町っ子にとっては。
思い出す・・・・・・
西日に照らされる混み合った民家と黒光りした線路。
金属とタールの匂い。
生活の匂い。
周囲の光景は見えるが、何も聞こえないので、どうしても内側にこもって、感覚が鈍りがちになる。
そんな中で、足元から伝わる電車の響き。
瞬間的に本能が働き、五体の感覚が鋭敏になる。
あの瞬間。
あの瞬間こそが最高だった。
生きることの快感と快楽。
家庭教師が終わり、亀戸水神駅目指して歩いていて、当時生き延びたことを祝って、なけなしのお小遣いで、焼きそばを食べていた屋台があった場所を微笑しつつ、少し潤んだ目で眺め続けた。
今日はここまで。
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