ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

宮脇俊三コミュの実況中継!かつて先生が来た場所。

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

先生の紀行文に触発されて今、〇〇に来てます、行きました、みたいなのりのトピは、どうでしょうか?

コメント(73)

 遅くなりましたが、昨年12月20日の今泉駅の写真です。
  左:駅舎
  中:JRの駅名標
  右:フラワー長井線ホーム
8月15日を1日過ぎましたが、本日、今泉を通りました。途中下車する時間はなし
時刻表2万キロ登場駅
九頭竜湖駅(今月撮影)
美濃赤坂駅(2011年撮影)

九頭竜湖駅到達は本数の少なさゆえ難所です(名古屋からでも旅程の選択肢が限られてくる)。駅前の道の駅等で買い物し、無難に十数分で折り返しました。
美濃赤坂駅の風景はしばらく見ていられるくらい飽きが来なかったです。

能登半島も行ってみたいですが、旅程が決められず、手を出せていません。
「ローカルバスの終点へ」の、関東代表の「帝林住宅前」に行ってきました。

宮脇さんが感心していた雲厳寺は、確かに荘厳な雰囲気のお寺でした。

しかし、東野交通黒羽駅跡・バスターミナルはスーパーになり、黒羽から雲厳寺までの東野交通バスは市営バスに、その先の帝林社宅前のバスは、デマンド交通になって地元の人以外利用できないようです。
社宅は宮脇さんは「長屋があるだけ」と記していましたが、今は3軒の家、うち2軒は人が住んでいるようでした。
念願かないJR七尾線、のと鉄道線に乗れました。蛸島までは行けませんでしたが、穴水駅近辺の車窓は本当に素晴らしかったです。

穴水駅跨線橋(現在は基本1番線のみ使用、0番線はのと鉄道初代車両が留置)
のと鉄道の車窓(穴水近辺)
引退が近い?415系車内(和倉温泉以南完結の急行能登路に使われた実績あり)
牟岐線と阿佐海岸鉄道DMVに乗りました。
牟岐線の車窓は思ったより変化に富んでいました。単純に往復するだけではつまらないので高知市方面に抜けるのを選択しましたが、こちらの移動も長距離になりました(牟岐線が片道2時間、牟岐線の終点阿波海南から高知市内が4時間超え)。
1・2枚目阿波海南駅ホーム
3枚目奈半利駅ホーム(土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線)
数日前、山陽線宮島口〜下関と山陰線江津以西を乗り、両路線を完乗しました。
山陰線は景色がとても良かったですが、仙崎支線と長門市〜益田のスケジュールがネックでした(明るい時間に乗り終え、かつ接続を良くした結果、初日は5:40起床)。JRの未乗はまだ多数あります(北海道、東日本、西日本、九州)が、ゆるくやっていくつもりです。

※仙崎支線、牟岐線共に時刻表2万キロに登場しました。
『時刻表2万キロ』の乗り潰しで最初に登場する旧神岡線沿線を訪れました。アクセスが難しいので今まで後回しにしていました。ガッタンゴー(廃線跡の一部を軌道自転車やトロッコで楽しめるアトラクション)がありますが、前後の予定(主に猪谷に出たいという願望)ゆえ、ガッタンゴーはパスして路線バス車窓や線路沿いの徒歩で廃線跡を眺める形となりました。路線バス車窓からも見ごたえがかなりあり、廃線前に乗っておくべき路線だったと感じました。
念願叶い、蛸島まで到達できました。なるべく海沿いを通る路線バスルートを選択したところ、風光明媚でしたが、道が狭かったです。旧蛸島駅前には民宿がありますが、宮脇先生が急行能登路折り返しの僅かな時間で入った食堂かはわかりませんでした(自分が行った時準備中でした)。
YouTube等に、のと鉄道廃線区間を取りあげた動画は多数ありますが、見て感じて考えてという点では実際に訪れた方が収穫が大きいです。
写真は順に旧蛸島駅、旧珠洲駅(すずなり館)、旧恋路駅
旧高千穂線の『あまてらす鉄道』のトロッコに乗ってきました。
高千穂橋梁の谷の1番深い所で一時停止し、運転士さんのお話とシャボン玉飛ばしパフォーマンスタイム。
廃線になってしまったのは悲しいけど、保存活動されている皆様に有難う!
>>[42]

神岡鉄道沿いの国道41号は神通川に沿っていて景色はいいですが、神岡鉄道は猪谷から神岡の中心までほとんどトンネルで車窓はいまいちでしたよ。
廃線前にビデオ撮影しましたが、ほとんどトンネルだったので、撮影も車窓はほとんどできませんでした(笑


>>[45]
動画の紹介ありがとうございます。16年以上前の映像としては画質がよいと思いました。確かに神岡の町を外れると、廃線跡を追うのが難しかったです。
『終着駅へ行ってきます』読了しました。
インターネット等で実際の映像や写真をみるよりも実際に運んでみたくなりました(北海道の廃駅、別所温泉、枕崎など)。
国鉄士幌線や名鉄谷汲線の過疎ぶりは40年前でも深刻だったと知りました。2015年に谷汲駅に行ったことありますが、周辺の人通りや交通量の少なさから鉄道が通っていたことが信じられないくらいに感じました。

伊勢奥津駅(2016年)
井川駅(2017年)
三国港駅(2020年)
小さい画像ですが筑肥線の東唐津駅を出発し、当時は無かった松浦川の鉄橋を渡るとき唐津城とサザエの怨念の大きなシーサイドホテルを撮影。
『終着駅へ行ってきます』でも取り上げられた旧増毛駅に行きました。その時留萌線全線に乗ってきました(石狩沼田〜留萌は今月いっぱいまで)。旧増毛駅周辺の景観は整備されていて、来て良かったと思いました。
留萌駅構内(車止め側の公道から駅を望む)
旧増毛駅ホーム(車止め側から望む)
旧増毛駅前の通り(宮脇先生が宿泊された山形屋は左端)
氷見線
観光客と地元民で座席が埋まる程度の混雑でした。雨晴は絶景でした。

上田電鉄
40年前とは車窓や車両が変わっているかもしれませんが、別所温泉駅は昔の雰囲気が続いている印象です。

只見線
念願かない、乗車できました。2両で座席が概ね埋まる程度でした。どこを撮っても良い景色でした。
日中線
念願かない、訪問できました。
熱塩駅の日中線記念館に行くとなると、路線バスが通っていない(デマンド交通のみ)ためアクセスが難しいところですが、路線バスで行けるところまで行き、タクシーで補完することにしました。スケジュールの都合喜多方駅周辺から往復2時間で行って来ましたが、もう少し時間があればホテルでレンタサイクルを借りるという選択もあったかもしれません(廃線跡の一部がサイクリングロードになっている、熱塩までは概ね平坦)。

駅の雰囲気はとても良く、駅舎、資料、車両等大切に保存されている印象でした。
時刻表2万キロの第一章で印象深い、宮脇先生が憮然と眺めた美濃白鳥にある長良川を渡る橋。
私の中で、かなり強く印象に残っているシーンです。橋名が作中にないので、多分ここかな?と。
先生は3度目の訪問はやはり無かったのかなぁ。
万字炭山駅跡

駅舎はとうの昔に取壊され砂利の僅かな空き地があるだけで周囲は深い自然に還っていた。

先生の描写の通り、三方を崖に囲まれ急斜面に細い道があり、坂を上がると数件の人家と炭山公園の看板に名前が残っていました。
>>[52] 夏のバスの運行期間が終わっていて、北線に乗り継げず、自分も呆然とした過去があります。慌てて折り返して福井県に向かったな…
>>[54] ここは南線、北線ともに距離が長いから、極力折り返しでなく何とか通り抜けたい区間ですよねぇ。
お疲れ様でした(^^)
>>[55] 懐かしい思い出です。で、まだ白鳥から先と、北線は未乗のままですね。
『時刻表2万キロ』で西寒川支線(旧国鉄末期に廃線)を知って21年、相模線に乗る機会は数回あったもののようやく訪問できました。
遊歩道は地元の方々により整備されていて、歩いていて楽しかったです。仮に自分が地元民なら間違いなく散歩コースにしています。
西唐津駅
甘木駅

唐津線と甘木鉄道甘木線を乗りつぶした一方、筑肥線は姪浜側の1駅しか乗っていません。
※博多から唐津へは時間の都合高速バスにしました。
最長片道切符で1978年10月14日に先生が訪れた釧路の緑町。
私はこの章が大好きで、ずっと行きたいと思っていました。道中で厚岸湾にかかる橋を車窓からみて、プロ野球日本シリーズの期間なのも同じだなと思い出した。

作中で化粧品店でお姉さんに「ここは緑町です。梅ケ枝町はもっとあっちです」とやりとりのあったお店をウロウロ探すが、当然確証も得られず、まあこんな感じの店かなと。資生堂、カネボウの看板あるし。同じ町内なのは間違いないし…と自己満足しました。
>>[59]

 「釧路」ではなく「根室」だったような気がするのですが。
>>[61] あ!!有難うございます。大事な所を間違えておりました。
根室でございますm(_ _)m
錦川鉄道 清流新岩国駅
かつての岩日線 御庄駅。宮脇先生が岩日線から山陽新幹線の東京行き最終に乗り換えましたね。
車掌車を使った待合室に旧駅名が消されず残っていました
氷見線 越中国分ー雨晴

氷見線は時刻表2万キロの第一章に登場し景色も素晴らしいので私も大好きです。
この区間に来ると「終着駅へ行ってきます」を必ず思い出す。

突然、右窓に海と砂浜が出現する。しかも、列車の進行方向を斜めに横切るように現れるので、はじめて氷見線に乗ったときは海に突っ込むのかと驚いたものである。

あ〜全くその通りだなと。海が見える路線は沢山あれど、こんな劇的な登場は氷見線が随一だと毎回思います。
加古川線
鍛冶屋駅(鍛冶屋線)
三木駅(三木鉄道)
北条鉄道は乗りつぶしましたが、1枚も写真撮っていません。

加古川線は午前中の空いている時間に乗りました(未乗の西脇市〜谷川の乗車予定は未定)。

鍛冶屋に向かう路線バスのウィング神姫ですが、西脇市駅発車後よりも、鍛冶屋駅に近い多可町エリアの方が乗車人数は多かったです。鍛冶屋駅の展示室と車両は施錠されていて、ガラス越しに展示や車内をみました。

三木鉄道の三木駅は神戸電鉄の三木駅から徒歩10分程度でした。
「いよいよ悲願八十年の志津川に着く」
気仙沼線開通の日に宮脇先生が訪れた志津川駅にやってきました。
かつてのホームがあった場所には、国鉄時代の駅名標が復元されてます。

盛駅(三陸鉄道、大船渡線BRT)
午前中に通りました。地元客の割合はBRTの方が高めでした。

黒石駅(弘南鉄道)
国鉄、弘南鉄道を引き継いだ黒石〜川部のバスは7時台にある1便目の黒石→川部が自分1人だった一方、逆方向は列ができていました。1日4−5本のため、旅程に組み込むのが少々大変でした。
ドイツ・ハンブルグのレーパーバーンにやってきました。
ここは『ヨーロッパ鉄道紀行』の中で、宮脇先生が「せめてバスの窓からネオンを一瞥したい」と同行のJTB担当者にお願いしたのに、その要望を“無視”されたといういわく付きの場所です。
厳密には宮脇先生は訪れることはなかったですが、作品の舞台のなった場所ということで。
先生、代わりに見ておきましたよ!
何番煎じかわかりませんが、今日の昼前、念願かない今泉駅に行けました(時刻表2万キロに出てきた山形鉄道フラワー長井線とJR左沢線は未乗)。米坂線の山間部の車窓(代行バス区間)は高山線や紀勢線の並行国道のようでした。時刻表昭和史も読んでみたいです。
十日町駅飯山線ホーム(飯山寄り、越乃Shu*Kura乗車位置だが点字ブロック外)から撮ったホテルむかでやです。
黒部峡谷鉄道の車窓:宮脇俊三氏が父長吉氏と見たかもしれない黒部川第二発電所(1936〜)

1941年夏に父子で黒部峡谷を訪れていたとは驚きました。黒部がスイカの産地だったとは知りませんでした。収穫のシーズンは逃しましたが、入善ジャンボ西瓜グミを黒部宇奈月温泉駅前の土産物店で見かけました。
※『時刻表昭和史』

時刻表昭和史はまだ読んでいるところです。

今季の黒部峡谷鉄道トロッコ列車は途中の猫又までの運行、さらにその先のキャニオンルート一般開放はまだ先ですが、廃線の可能性が浮上している富山地鉄の宇奈月温泉方面の乗りつぶしを兼ねて行ってきました。
8月15日の正午、今泉駅前に立っていました。写真のラジオは、ちゃんと放送が聞けるもので、12時からの陛下の放送を聞きました。
境港駅
日本有数の漁業のまちで水木しげる氏出身地ですが、旅程の都合滞在時間は約20分でした(水木しげるロードを数分歩き、水木の著者1冊購入しただけ)。『終着駅へ行ってきます』では境港の漁港と歓楽街が出てきますが、歓楽街は短い滞在時間では確認できませんでした。遠方ゆえすぐは難しいですが、再訪確定です。

ログインすると、残り35件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

宮脇俊三 更新情報

宮脇俊三のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング