茶道の心を味わう研究会コミュの◆茶道の心、禅の心　その４

◆茶道の心、禅の心　その４

多くの茶人が敬拝する方に茶道学者がいます。茶道学者の方に伺うと、茶人向けの大きな講習会では、毎月の茶道機関誌に書かれている大先生の指導が受けられたと参加の茶人には握手を求める方、すがりつく方、さらに涙を流して喜ばれる方もいらっしゃると聞き、影響力の大きさに驚かされます。
　経済学者が専門とする学者は学問領域は経済学ですが、茶道学者が専門とする分野は「茶道学」でしょうか？現在の学問領域は西欧の分類に従っているために、垂直線で区切られた分野毎に領域が決まっていて、複合的な茶道学は存在していません。

そこで、関連する美術・芸術・美術史（陶磁器、歴史、工芸品、書、染織など）、文芸（和歌、漢詩、文芸史など）の分野の学者で茶道に見識を持つ学者が茶道学者になっています。また茶道は禅と大きな連携があるので、宗教学の先生、そして過去の茶人、また組織化した家元茶人などの茶道への趣向に関連して、心理学の学者も茶道学に関与できています。

歴史は知識力があれば習得が可能です。しかし、茶道に大きな影響を与えてきた禅では意識界の体得が不可欠です。禅学の中でも、純粋な禅史、歴史上の出版物、禅籍著作を対象とする研究などの場合も西欧の学問領域で把握が可能ですが、禅宗旨に関しては単に知識力があっただけでは習得は難しく、多少なりとも禅修養が不可欠です。この点を無視して茶道学を展開しようとすると無理が生ずることになりかねません。

茶道学者として高名なある美術史学者の先生が茶道美術と禅との関連を月刊の茶道専門誌に書かれていました。

＊茶道の心を述べている「禅茶録」という江戸時代の著作には、「道具を扱う時には、そこにのみ心を集中し、他のことが全く頭にない状態にし、道具や点前の作法へのこだわりや執着は捨てる」とあるが、そのまま茶の湯に当てはめれば、道具の否定ということになる。侘びにも数寄にも道具にもこだわらない茶の湯は、私たちの知る茶の湯とは別物になってしまう。
＊世阿弥の「無心の能」「無文の能」も心から出来たるものだという。まったく動かぬ心で舞うことはできず、本当に動かない能はあり得ないから、「そぎおとし」は限界のところでせめぎあいに（そうは言っても実態は動くように）なる。
＊禅の辞典では、円相は絶対の真理・仏法そのものの表現であり、主客の対立が起こる以前のはたらきであるとなっている。仙厓のこれ食うて茶のめ賛円相画では、仙厓は円相に「仏法も饅頭のようなもので、日常離れたところにないので、真理をおやつにして食べて茶でも飲め」と語らせている。

　こうした心の世界を物理的な世界で見ている論法は、禅界でも知られているようで、禅宗専門誌「禅文化」（季刊発行）では、この茶道学者の論は間違っていると指摘されています。ご本人はそれをご存知なのか分りません。

本話題を読んで下さっている皆さんには理解しがたい部分もあろうかと思いますが、一つの分り易い例を以下に書いてみました。

数年前、アップル社創業者のジョブズさんが亡くなって２か月後に茶会の席持ちがあり、茶席のメインテーマである掛軸の言葉をどれにしようか思案していました。いくつかの候補の中に、江戸時代中期の禅宗妙心寺の住職石天という禅僧の書いた「独立開籠放白鴉」（一人立って籠を開き白(はく)鴉(あ)を放つ）が所持する掛軸の中にありました。

一人立って籠を開くという言葉は現代でも分り易いものですが、籠から白鴉を放つという「白鴉」が意味深長、禅語辞典にも出ていない言葉でした。概ねこれまでの経験から真意は理解した積りでしたが、白鴉が問題です。インターネットで念のために白鴉を検索したところ、実数は忘れましたが、約10000件記事が出てきました。思っていた「…放白鴉」はトップの１件のみ、後すべてがアップル社の以前の携帯端末アイポッドの人気ゲームの主人公の名前「白鴉のルキア」でした。

ルキアは男子の恰好をした女子中学生、ゲームや物語の内容は詮索はしませんでしたが、このことだけで内容が分りました。もし男子の恰好をした女子中学生が学校へ行ったら、いじめにあって誹謗されるでしょう。明日からは学校へ行けません。しかし性にあっては肉体的には女性でも精神が男性の方がいることは近年確認され、東京の目黒区では日本最初で形式的には同性の夫婦を認めるようになりました。物事は白黒ではなく、世界にあり得ないはずの白い烏もあり得るとなれば、話は別です。「色」も白と黒だけではなく、濃度別のねずみ色の種類は無限にあります。この茶道学者の物理的な世界から見る考え方にとどまっているならば、真に透脱したとは言えません。

問題は物理的な世界を超えた精神世界です。自分が持っている何かあるとあり得るかあり得ないかなどの常日頃饅頭のように身近に描いている意識こそ、規制条件や制約から解き放って茶席を運営する、その制約は日頃のこと、組み合わせや評価のこと、色んな制約を解き放って安らぎの茶席を作っていくことこそ大事であり、今日はそんな茶席したいと願う時に掛ける禅語だと言えます。問われているのは、白黒や男女ではなく、自分自身の固定化された意識です。それを仙厓や世阿弥は我々に示唆してくれているのです。

能でもせめぎあいで少しは動くとか、道具の是非で茶席への運営意識が影響されるとか、そんな未練のあるものでは、安らぎの茶席は作っていけないでしょう。ジョブズさんの弔い茶席です、この掛軸を茶席に使用したのは、言うまでもありませんでした。

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前回（その３）で紹介した「臨済禅師1150年遠諱ならびに白隠禅師250年遠諱記念　心をかたちに展」ですが、東博の企画担当から手紙を頂戴しました。勿論、昨年５月の禅学国際会議と同様、答えを求める問いかけではなく、企画担当者の意識を知るための問いかけでしたのでどのような内容でも問題はありませんでした。

手紙では、禅関係者から「白隠禅師250年」を入れるように言われたので書き加えただけ、内容は知らないというものでした。

昨年末、在東京の茶道流派のお家元を久しぶりに訪ねて歓談しました。そこで東博や国立美術館、工芸館とも日ごろ交流があるお家元からは、最近は入場者数を大きくすることが一番の命題で、内容は二の次になっている、現在では小さい民間美術館のほうが内容の充実度は高いという評価でした。さもありなんという現状が把握できた次第です。