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ニホンアシカへのレクイエムコミュのニホンアシカの基礎知識 (5)

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★伊豆諸島にいたニホンアシカの話

アシカ、つまり「海驢」のことである。
辞書を引くと 「北の海に棲む大形のけもの。体はくらい茶色で足はひれの形。毛皮を利用する」とある。

そのアシカが、以前には暖流で囲まれた南の島、新島にも棲んでいた。
場所は主として式根島の周辺で、地図を開くと式根島の南西に「海驢立鼻」という岩礁があり、このことを裏付けている。
アシカは毎年春先になると子を生んだ。
島人はその子を捕えてきては食べた。なかなか味のよいものだったという。
明治中ごろまでは一度に10頭から20頭もつかまえてきたというから、相当数のアシカがいたものと思われる。
まれには昭和になってからも見た人があるという。

この話を提供してくれた肥田徳松氏も、若いころアシカ狩りの経験があり、以下は氏の体験談である。

新島の南西へ動力船で10時間ほど行くと「銭津」 という岩礁がある。この岩礁にアシカがいるということを、近くを航海してきた船の乗組員から聞いた氏は、さっそく仲間を誘ってアシカ狩りに出かけた。 氏が30歳のころというから大正のなかごろと思われる。

当時、島には、軍からあずかっていた三八式歩兵銃が12丁と弾薬千発があった。これを利用しようと、氏および仲間は「試射」の名目で船に持ちこみ、前日の夕刻出発した。
当日、ちょうどアシカが岩に上って「日なたぼっこ」をするころあいを見計らって、船を近づけると、いたいた、100貫(375キロ)の上もあろうかと思われるのが2匹。1頭の方がグンと大きかったので、おそらく夫婦のアシカであろう。

氏とその仲問は息を殺し、アシカに気づかれぬように静かに船を近づけて、じゅうぶんに狙いをつけて撃った。あたった。
大きい方がモンドリうって数十メートルの海にとびこみ、そのまま潜った。
続いて第二弾をかまえる間もなく、他の一頭は逃げた。
銃をおろし、船を近づけて、先の一頭がとびこんだあたりをくまなく探したが、ついに見つからなかった。
急所をはずれて逃げられたのかもしれない。あきらめて一同が島に帰ったあと、何日かして隣の神津島の船が、そのアシカを拾いあげたという。

……『新島炉ばなし』より
    新島観光協会
    武田幸有
    昭和37(1962)年
    昭和49年増補改訂版


アシカは美味かったのですね。
不味ければ獲られることも少なかったんだろうに……哀れ。

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