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ニサルガダッタ・マハラジコミュの思考に意味がないという思考

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近頃、(2009/11/11)
私のブログに書き込んでいる人がいて
大変に勉強になっている
で、その人は言う


『「聖霊(高次の自分)」が使っている思考が有る』
のだというのである

思考とはマインドからおきているものだけではなくて
思考を超えている「聖霊」からも思考を使う事があるのだ
というのである



《私もあなたも、出来事も、宇宙も、世界も、マインド・思考であり
さらに主体も客体もマインドが投影している、虚像である》

というところの思考とは、実はマインドからの思考ではなくて

マインドではない、思考を超えている聖霊が
思考を利用して思考を超えるために使っているというのである


それらの高次の思考は「聖霊(高次の自分)」が使っている思考であり
それは
『思考には意味がないという思考を与え続けるのです』
と言っている


平たく言うと
聖霊という思考を超えている存在(無思考・非対象)が
思考を使って
《思考は存在していないと言う思考》を与え続けて


『「繰り返しそれを思考することで、潜在意識に働きかけるのです。
無意識の中に深く根付いている怖れ(エゴの正体)を解体するのです。
思考への執着を手放すのです」』

と言っている

私には
確かに
そのように思われる
そうだったのか!
とおもう

http://kubokaoru.blog60.fc2.com/blog-entry-106.html#comment

コメント(4)

ラメッシ・バルセカールはラマナ・マハリシについてこう言っています。
『非常に少数の肉体精神機構しか、沈黙を通じて真実を受け取れるようにプログラミングされていません。』
しかしそうでない非常に多くの人に対する慈愛の気持ちから、ラマナは語り始めたと。
観念を必要とする「個人」がいるかぎり、聖霊も賢者もその慈愛から「思考」を使い、思考の無意味さを語ります。

ニサルガダッタ・マハラジは、『言葉では真実を語ることはできないが、言葉は真実との橋渡しになる』ということを『I AM THAT』で語っていましたが、それを思い出しました。

行雲流水さん、レイさん。
今の私に、大切なお話しでした。

ありがとうございます!
思考も、真我の覚醒が実現されていない内の欲望や習慣から形成されるだけのものと、

真我の覚醒に向かって存在を浄めてゆく際に湧き立ってくる清らかな思考(しかし相変わらず自己の中で勢力を持つ欲望や習慣の思考と闘争状態にある)と、

真我に覚醒した後、あくまでも智慧と慈悲の道具として使われる思考

の、大きく分けて3種類が見られるのではないでしょうか。

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