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夜とスージーと文学とコミュの小川洋子さんの『夜明けの縁をさ迷う人』の書評を書こうとおもったら、『博士の愛した数式』の書評になっていた。

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小川洋子さんの作品群は多彩でさまざまな魅力に富んでいるから、どれか1冊選ぶとなると、小説読みは誰もが、う〜ん・・・と微笑みながらかなり迷うんじゃないかな。たとえばポール・オースターあたりを好きな(ちょっと現代文学っぽいのが好きな)読者なら、『ブラフマンの埋葬』(講談社文庫)に惹かれるだろう。吉本ばななさんの『TUGUMI』(中公文庫)あたりを好きな少女小説の読者は、『ミーナの行進』(中央公論新社)にグッとくるのではないか。はたまたサディズムに憑かれた男やマゾヒズムに憑かれた女は、『ホテル・アイリス』(幻冬社文庫)にねっとり発情した視線を投げかけるだろう。




そんななかたぶんいちばん得票数を多く獲得しそうな作品は、たぶん『博士の愛した数式』(新潮文庫)じゃないかな。(おれも一票!) 80分しか記憶力を保持できない偏屈な老数学者と、家政婦、そして彼女が女手ひとつで育てている少年の3人が、ぎくしゃくした関係から始まりながらも、いつしか深く友愛をはぐくんでゆく物語。まさに数学と文学の結婚。サブモティーフの野球も効いていた。すばらしい作品だとおもう、大好き。




それにしても彼女は実にさまざまなタッチでさまざまな作品を書き分ける。着想もあって、技術もあって、しかもひとつづつ形が違う。見事なものだ。しかしだからと言って彼女のまなざしが猫の目のように変わってきたかと言えば、決してそうでもなく。むしろ逆に、彼女の多彩な書き方の背後に、ひそかな一貫性さえ見て取れる。「リアリズムと律儀につきあいながら、最終的には、リアルとアンリアルの境目を消滅させる世界へ読者を連れ出す」とでも言えばいいだろうか。




おもえば彼女が芥川賞を受賞したのは、1991年のことで、作品は『妊娠カレンダー』(文春文庫)だった。あの作品はそのあたりがまったくもって顕著で、イントロはあたかも旧タイプのリアリズム小説のように書き始められ、しかもそのままじっくりリアリズムで物語を展開させておきながら、しかし、物語のクライマックスで、いきなり悪夢のように、ミステリ小説のような「ひねり」を加え、読者を夢魔の世界へ突き落とし、判断保留に追い込むことに成功した。あれから15年がたった。




おもえば小川洋子さんの探究は、いっかんして「リアリズムと律儀につきあいながら、最終的には、リアルとアンリアルの境目を消滅させる世界へ読者を連れ出す」ではなかったか。好きな作品もあれば、それほど惹かれない作品もあるけれど、いずれにせよ、なんと持続力のある、みのりゆたかな15年だろう。




さて、本書『夜明けの縁をさ迷う人々』 (角川書店)は、連作短編を9作収めたもの。いしいしんじさんに通じる詩情あふれるファンタジー短編もあれば、いわゆるロアルド・ダールふうの奇妙な味の短編もある。著者はいかにも肩の力を抜いて、画家が水彩画を描くように、愉しみながらこれらの作品を書いることがわかる。ちいさな変化がある。これまで彼女は、「リアリズムと律儀につきあいながら、最終的には、リアルとアンリアルの境目を消滅させる世界へ読者を連れ出す」というふうにして作品を書いてきた。しかし、この連作短編の多くは、あらかじめこの作品はファンタジーですよ、とアンリアルな世界をあらかじめ明かしながら、語り始める傾向が見受けられる。そこに興味を持った。この短編集は小品を集めたものながら、あるいは、著者の今後の飛躍の契機になるような芽がそなわっているかもしれない。




おれは小川洋子さんの作品では、『博士の愛した数式』(新潮文庫)が大好きで、ほんとうにすばらしいとおもう。しかしながら、ほかのどの作品も必ずいつもなにかしら気づきや驚きを与えてくれる。すごいことだとただただおもう。



(おがわ・ようこ)1962年、岡山県出身。著書多数。『ブラフマンの埋葬』で第32回泉鏡花文学賞を受賞。最近フランスで、『偶然の祝福』、『まぶた』が翻訳出版された。

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