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歴史逸話集コミュの朝廷の儀式

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 楚漢戦争が終わり、一階の庶民出身の劉季(劉邦 漢の高祖)は皇帝になった。
 劉季の部下の殆どは、かれ同様庶民出身であり、いたって柄が悪かった。かれ等は、宴会のたびに手柄話から喧嘩になり、
「おれの手柄の方が、劉兄いの役に立った」
「いいや、俺だ」
 と、喚きながら剣を抜き、柱に切りつけることは日常茶飯事だった。そんな劉季は、自分の柄の悪さを棚に上げ、
〈こいつらの柄の悪さは、どうにかならねえもんかのう〉
 と、思った。

 そこで登場したのが、儒者の叔孫通である。叔孫通は劉季に、
「礼儀作法を定めるべきです」
 と、進言した。すると普段は儒者嫌いの劉季も、叔孫通の意見に賛成した。
 叔孫通は、早速著名な儒者30数人を呼んで、朝廷の儀式や礼法を定めることになった。その際劉季は、
「礼儀作法を作るのはいいけどよ、わしにもできるように、わかりやすく作ってくれや」
 と、叔孫通に注文した。
 そして野外で礼儀作法の訓練を初めてから1か月後、訓練の様子を見た劉季は、これが見事なものだったので、
「これならできそうじゃな」
 と、ついに朝廷で礼儀作法の儀式を行なうことを、許可した。

 高祖7年(BC200)の元旦である10月1日に、長楽宮で新年の儀式が行なわれた。その儀式の後に宴会が開かれたが、これまでのように、酔っ払って暴れる者は一人もいなかった。劉季は儀式が終わった後、充分満足して、
「わしは今日、初めて皇帝というのが貴いのかを知ったぞ!!」
 と言った。


※漢の最初の頃は、10月が元旦でした。現在のように、1月が元旦になったのは、孝武帝の太初元年(BC104)です

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