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ケインズコミュのケインズ的経済政策の有効性(ケインズは死んだか?)

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ケインズ的経済政策の有効性に関する議論については、こちらでどうぞ。

きっかけは、以下のトピック
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=21672033&comm_id=78286
のコメント20番から23番に関する議論の続きですが、それ以外でも

◇ケインズ的経済政策の有効性に関する議論
◇「ケインズは死んだ」という主張に対する賛否

などは、こちらでどうぞ。

(あえて、純粋に「理論」とはせず、「経済政策」としてみました。趣旨をご諒解いただければ幸いです。)

コメント(19)

a_mizu_51 さん

かつてケネディ大統領が「真実にとって最大の敵はしばしば嘘ではなく、持続的・浸透的・非現実的な神話である」ということを言ったのだそうです。ケネディ大統領が「神話」として退けたのは均衡財政主義のことでした。
彼は、減税を行うことで景気を刺激するという(ケインズ的な?)政策を導入するために、このようなことを言ったのだそうです。

a_mizu_51 さんの文章を読んでいて感じたことは、a_mizu_51 さんにとって「ケインズ経済学」がひとつの「神話」になってしまっているのではないかということです。
これは、経済学に対する態度としては、(我々が素人であるとしても)とても危険なことだと思っています。

「ケインズ経済学こそ不況克服の経済学である」

というスローガンは、1930年代から60年代までは、それなりの説得力を持っていました。
しかし、その後、公然と「ケインズ(経済学)は死んだ」と言われた時代もありました。
(政治の世界では、レーガン、サッチャー、初期の中曾根康弘の時代です。)
小島寛之氏は、最近出版された『容疑者ケインズ』の「あとがき」の中で、(経済学を学ぶ)「若い院生たちにとってケインズ理論など興味の対象外だった」頃のことについて触れています。
そういう意味では、「ケインズの経済理論を軽んずるような意識」が支配的となった時期があったことも事実かも知れません。
そして、今や、経済学部の教員の中で「私はケインジアンである」などと言う人は、かなり少数派なのではないかと思います。

なぜ、そうなったのかという問題に答えることは、なかなか大変です。
それには、以下のような論点が含まれると思います。

A.そもそも、ケインズの経済理論は、どのような内容のものであったか。
B.ケインズの経済理論から、どのような経済政策が導かれるか。
C.ケインズ的な経済政策が有効であるためには、何が前提となっているか。
D.ケインズ的な経済政策には、どのような副作用があるか。
E.ケインズ経済学の名の下に行われた経済政策は、どのようなものであったか。
F.ケインズ経済学に対する経済学者たちの態度の歴史的変遷。

こうした問題を検討することなしに、90年代の長期不況や昨今の世界的な金融危機の影響を「ケインズに学ばなかった為政者や政策担当者たちの失策」と言って責めることは、かなり早計だと思います。

前記の論点の中で、特にEとFについて概観しておくことは、議論をする上で必要な認識であると思います。

(字数制限の関係でつづく)
(コメント1のつづきです。)

多くのことを書くことは出来ないので、比較的読み易い本を2冊ほどご紹介しておきます。

(1)W・カール・ビブン
『誰がケインズを殺したか』日経ビジネス文庫(原著1989年)

(2)金森久雄ほか
『ケインズは本当に死んだのか』日本経済新聞社・1996年

冒頭のケネディの言葉は、(1)の本のp.70に出てきます。
この本は、アメリカにおけるケインズ経済学の「死」について政治の動向、経済学者の動向などと併せて描いていて、しかも読み易いです。個々の評価については異論の余地もあると想いますが、「ケインズ以後」から1980年代までを知るためには手軽で良い本だと思います。

(2)は、日本のエコノミストたちのケインズ経済学に対する評価について知る上でよい本です。10年前の論客たちの共著です。巻末に4人のエコノミストたちによる座談会があるのですが、その中での彼らのケインズに対する認識・評価が全くバラバラ(笑)であるところが、とても面白いです。なぜ、そのような多様な認識や評価が生まれるのか。そのことだけでも、よく考えてみる必要がありそうです。
(2)の執筆者の中には「オールド・ケインジアン」を自認される方もいれば、「かの」竹中平蔵氏もいます。若き日?の竹中教授(当時は慶應義塾大学)は、一定の条件下で、ケインズ経済学の政策論の重要性を認めています。

最近、あまり評判のよくない竹中氏ですが、

(3)『闘う経済学−未来をつくる公共政策論入門』
集英社インターナショナル(2008年)

という本を昨年5月に出しています。
この本の第一章が「ケインズ的常識と闘う」と題されていて、「ケインズ的常識」が、なぜ(最近の)日本の経済政策において機能しない(有害である)のかについて簡単な説明をしています。

つまり、為政者がケインズ的政策を採らなかったことは、不勉強や怠慢のためではなく、強い意識・意図の下に行われたことです。
「小泉−竹中」的な経済政策(というものがあったとして)が、どうして反ケインズ的なものであったのかについて検証してみるためには、以下のような点について考えてみる必要があります。

G.竹中氏が「ケインズ的常識」と呼んだものの内容
H.「ケインズ的常識」が通用(機能)しなくなった理由
I.「ケインズ的常識」に対する竹中氏の対抗策の内容

そのうえで、我々は「ケインズ」を読み、以下のような点について考えてみなければなりません。

J.竹中氏の言う「ケインズ的常識」は本当にケインズ的だろうか?
K.ケインズが考えたことは、本当は、どのようなことだったのだろうか?
L.ケインズの経済理論の(明示的・暗黙的)前提は、本当に失われたのだろうか?
M.ケインズの経済思想の有意義な部分は、全てマクロ経済学の中に取り入れ尽くされているのだろうか。それとも、未だ汲み尽くせない「価値」が残っているのだろうか。

そのためには、allegro さんの指摘するような態度が必要なのかも知れません。

ケインズから何を学ぶか。

以下の立命館大学の高橋伸彰教授の書評なども、色々と示唆に富むと思います。
http://www.csdemocracy.com/ronkou/takahashi080913.html

<誰がケインズを殺したか>
http://www2u.biglobe.ne.jp/~itou/hon/keynes.htm
http://blog.taxlawfirm.jp/?eid=783913

<竹中平蔵『闘う経済学』>
http://hisao-hidaka.hp.infoseek.co.jp/newpage218.htm

<諸々の「ケインズ革命」>
http://hicksian.cocolog-nifty.com/irregular_economist/2006/04/post_f2e3.htm
http://hicksian.cocolog-nifty.com/irregular_economist/2006/04/post_8b53.html
紅之豚様

わざわざ適切な投稿の場を新設していただきまして、誠にありがとうございます。
「議論の続きが出来れば」との仰せですが、議論なんてとてもとても。ただ、わからない事をそのつど質問させていただくのが精一杯です。

加えて、コメント二つ分にも及ぶ長文の解説と、抱えきれない程の宿題と参考資料をご紹介いただきまして、こちらも本当に感謝いたします。何ヶ月掛かるかさえわかりませんが、順に読んで勉強させていただきます。


allegro様

私の疑問にご回答いただきましてありがとうございます。単純にして明快なご回答、私のような者にも分かり易くて助かります。

ところで、原書を読みなさいというアドバイスですが、非正規雇用で時間的にも経済的にも体力的にも余裕の無い私には無理です。間宮陽介訳の「一般理論」(上)(下)を読むのに一年近くかかりました。もう一度調べながら読み直さないと内容がわからないと思っている位ですから、原書を読んでいたら私の一生は終わってしまいます。

そもそも、このカテの「よかったら自己紹介など」トピにも書いておりますが、私は自分と自分の家族をこれ程までに苦しめている不況と失業問題という怪物の正体をしっかりと見届けたいという願望を持っていた時に、「ケインズという学者が大恐慌時代に不況対策の本を書いた」という話をどこかで読んで、それがきっかけでこのカテゴリに参加させていただいた者であって、今の経済学界がどのようになっているかを知りたいという訳ではないのです。
不況時の財政拡大=ケインズ主義の復活という論壇がちらほら出てきますが、
逆を言えば、好況時に緊縮財政政策をとるのもある意味ケインズ主義的なわけで、
本質的に不毛な議論の気がします。
>a_mizu_51さん

最近目にした中では、これが概略としてスッキリまとまってると思いました。

ケインズの経済理論 ケインズ経済学 ケインズ理論(松尾匡)
http://www.std.mii.kurume-u.ac.jp/~tadasu/yougo_keynes.html


詳しい方のツッコミも期待w
そういや大学でゼミ読で買ったけど
ロクに読んでない塩野谷訳一般理論も手元にあるな…
おーっと、概説書いくつか読んでから一般理論も通読したなら、
バケモノクラスがうじゃうじゃいるケインズコミュに
迷い込んで困っているという訳でもない、のかな?

経済学部生でも一般理論を通読する人はそんなにいないでしょ。
ましてや原書は、英書研究ガチか大学院で経済史でもなきゃクラス?
手(パー)
a mizu51さん

大変失礼しました。いま、ご自身の職をお求めになる立場から言えば、ケインズにご興味をお持ちになるのでしたら、適切な書物があります。岩波新書、伊東光晴著「現代に生きるケインズ」が、名著だと思います。ご一読してみて下さいますように。残念ながら、「一般理論」の訳書で、お薦めできる本はないように思いますげっそり
紅之豚様、allegro様、伊東光晴著「現代に生きるケインズ___モラル・サイエンスとしての経済理論」(岩波新書1013)を読みました。

allegro様が上のメッセージ7でお書きの通り、名著です。そう、私は正にこういう本を探しておりました。

実は、読み始めてから気が付いたのですが、この本はケインズ・トピの「よかったら自己紹介など」のコメントNo.5で紅之豚様が2年近くも前に紹介して下さっていたのですね。それなのにまるで放ったらかしの状態になっていた訳で、紅之豚様には大変失礼をしてしまいました。

どうしてもっと早く目を通しておかなかったかと思いましたが、この本、地元の公立図書館の蔵書にあることは検索で知っていたのですが、いつ行っても貸し出し中で内容を見る機会が無いままになっていたのです。今回、書店で購入して読んでみてわかりましたが、内容が素晴らしいので人気が高く、だからいつ行っても貸し出し中だったのでしょう。

こんなことなら書店の店頭で立ち読みでもして内容に目を通しておけば良かったと思いましたが、すぐに思い直しました。今まで他の本やインターネット上の情報でずいぶん回り道をしましたが、それらによって予備知識を得てからこの本を読む事になったからこそ、この本の素晴らしさが私にもわかったのだと思うのです。早い段階で知識も無くいきなり読んでいたら、これ程の感動は得られていなかったでしょう。

内容については、理解できた部分と理解できなかった部分があります。関連情報を調べて理解を深めながら、もう何回か読み直そうと考えております。従いまして、紅之豚様からご紹介いただいた宿題や他の参考資料等に当たるのはもっと先の事になりそうです。また、あけみ様からも本のご紹介を頂いております。これもいずれ読ませていただくつもりです。ご紹介ありがとうございます。


間宮陽介訳「一般理論」と、伊藤光晴著「現代に生きるケインズ」を通して読んだ素朴な感想なのですが、「一般理論」の方はまるで設計図を一枚一枚丁寧に見ていく感じであるのに対して、「現代に生きるケインズ」の方は、たとえばエンジンや水力発電用のタービン装置などのメカの構造が目で見てわかるように、金属カバーを切り取って断面に色鮮やかな塗装を施し、内部の構造が見えるようにした展示用のカットモデルをながめているような趣があります。「そうか、こんなふうになっているんだ」というのが実に分かり易いです。
ニューディール政策の復活でどこまで経済が回復するか期待の眼差しで新聞を読んでいます。
グリーンニューディール、どう思いますか?
資本の限界効率は他の産業より高いですよね?
投資は増えるのでしょうか?
むふっ
現在の不況が、刻々と深刻化するとき、ケインズ政策によるほか、他に、道はない思われます。赤字財政のなかであっても、あの財政再建派の与謝野�發任気─∋�と場合によって、政策の転換はあり得るとして、財政投資の道を探っています。これまで、福祉国家論から、労働者の気力が喪失したことがあるにせよ、それは、ケインズの主張とは、関係のないことだと思います。この視点から、道路や空港ばかりでなく、クリーン・エネルギーの開発へ突き進むときと考えます。この派生効果は、大きいと思います。決して、ケインズ的政策が有効性をなくしているのではなく、誤った解釈を受けていたのだと思いますが、いかがでしょうか。
村山(紅之豚)伝兵衛さんがコメントNo.1で紹介されている、小島寛之著「容疑者ケインズ」という本を読んでおります。

そのあとがき グッバイ・ケインズ の中に、私が知りたかった状況の一端が著者によって描写されていました。

「運良く大学院に合格し,ぼくは経済学の勉強を本格的に開始したが,ケインズ理論を取り巻く環境は思っていたのとだいぶ違うことにすぐに気がついた。若い院生達にとって、ケインズ理論など興味の対象外だった。教員たちもケインズ理論に触れるとき、何かおもはゆい口調になっていた。その意味するところは、自分が経済の研究を積み重ねるうちにだんだんわかって来た。ケインズ理論は『すでに終わった理論』と見なされていたのだった。他方では、世の中にケインジアンという人々もまだ生息はしていた。ただし、そういう人々は,ケインズ理論を教条的に無批判に受け入れているように思え、こちらにも強い違和感を持った。

それからのぼくの経済学の研究生活は、『ケインズ理論に決着をつける』ためのものだった、といっても過言ではない。ケインズ理論の枠組みをより深く理解し、きちんと改良なり否定なりをしたいと思っていた。そのプロセスでめぐりあった小野善康さんの著作,そして小野さんとのメールや勉強会での議論の経験は、ぼくの『決着』に重要な役割を果たした。さらには、金融分野や意思決定理論の分野でのケインズとの遭遇も,別の大きな意識変化をもたらした。それらを総合すると、次のようになる。

ケインズは、緻密にすきのない論理体系を構築できる、というタイプの天才ではなく、どちらかというと軽率で無防備な放言をする学者だ。しかし反面、そのロジックには磨きがいのある夢やアイデアがふんだんに埋まっている。ぼくらは、ケインズの中のずさんなガラクタ部分は容赦なく捨て去り、残る光り輝く原石のようなアイデアを緻密に実現して行けばいいのだ。科学は緻密なロジックに長けた人だけ(で)は構築できない。夢を語る人がいなければ、何も生まれないのだから。」

経済を専門に学んだ人達は、こういった雰囲気の中で育っていったのですね。
貯蓄=投資に経済成長を見出す新古典派経済学は論理的に所得格差の帰結し所得再分配政策の否定の論拠となってしまうので、マルサスの過少消費説をサルベージして新自由主義を論破し、所得再分配が経済成長に寄与することを論証して福祉国家への道を開いたのがケインズ理論です。
「ケインズの死」とは、ケインズ理論の時代に割を食わされた企業や高所得層が金をかけてケインズ理論に反論できる経済学者たちを育てた成果であり、経済学上の仮説がつまるところポジション・トークであって自然科学ではない、ということです。
リーマン・ショックを経験した今となっては、「政府の失敗」や「合理的史上仮説」が一種のプロパガンダであって、不確実性に支配された歴史上の経済の実相を映したものでないことは最早結論と言って良いでしょう。
何十年間も反ケインズの研究者ばかり育成されてきた結果、今日ケインズ理論の後継者は払底していると言って良いでしょう。
80年代のケインジアンの生き残りだった故藤澤益夫氏の衣鉢を継いだ権丈善一氏らに、辛うじて日本のケインジアンの血脈が伝えられているのではないでしょうか。
「第2次ケインズ革命」を最初に公言した方ですからね。。。
ムー様

経済学が自然科学ではないことは、おっしゃるとおりとして、経済学という学問がどのような学問であるかは、色々と議論がありそうですね。
今では「エコノミクス」と呼ばれている学問が、もともとは「ポリティカル・エコノミー」と呼ばれていたことも、忘れてはならないと思います。
また、ケインズは「モラル・サイエンス」という言葉も使っています。

2010年12月に上智大学で開催された「ケインズ・パイロット・シンポジウム」では、野口旭氏が「この30年間のマクロ経済学の展開はほとんど無意味もしくは有害であった」というクルーグマンの言葉を紹介していました。(作品社『危機の中で<ケインズ>から学ぶ』p.16) http://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/book/jinbun/tanpin/23572.htm

また吉川洋氏も同趣旨の発言をされています。(同書p.44)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1641428137&owner_id=2312860

なぜ、この30年間のマクロ経済学は不毛であったのか。なぜ、ケインズの理論には可能性があるのか。こうしたことに対する説明は、まだ始められたばかりなのかも知れません。
>15

そうした説明へ先鞭をつけた方が、↓だと思われます。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare354.pdf

吉川洋氏と権丈善一氏との主たる相違点は、総医療費に占める公的医療費に対する私的医療費の増加を肯定するか否か、にあります。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare371.pdf
コメント13の続きです。

村山(紅之豚)伝兵衛さんも最初の方でお書きですが、1970年代以来、新古典派経済学を学んで実社会に羽ばたき、新自由主義やマネタリズムを金科玉条に経済を動かし、「ケインズは死んだ」と嘯いてきた人々のことを "The Chicago Boys" と呼ぶのだそうですね。
>17

「自由放任経済を否定するケインズ革命は、企業部門に多大な代償を強いるものだった。企業の失地回復のためにはケインズ主義に対抗する「反革命」を起こすこと、つまり大恐慌以前よりさらに規制のない資本主義体制に戻ることが必要なのは明らかだった。だがウォール街自らが行動に出ることは、当時の情勢からいって無理だった・・・そこで、まさにその役割を担ったのがシカゴ学派だった。
ナオミ・クライン/幾島・村上訳『ショック・ドクトリン』77頁」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1821071017&owner_id=5160461
コメントNo.1で管理人さんが「ケインズ経済学がひとつの『神話』になってしまっているのではないか」とお書きです。私は管理人さんのように経済学に長けている訳ではありませんし、なんだか違うような気がするなぁとは思いつつ、真っ向から反論もできずにいたのですが、最近では「フリードマンに代表される新自由主義こそ『神話』にすぎないのであって、これはとても危険なことだ」と思いはじめています。

私の頭できちんと理論を組み立てて堂々と主張する能力はないのですが、宇沢弘文先生、ジョーン・ロビンソン女史、ジョセフ・E・スティグリッツ教授、金子勝教授、経済評論家の内橋克人氏、内田樹教授らの著書を読んだりマスメディアでの発言や寄稿に接して次第にそう思うようになりました。

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