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toshiya tsunodaコミュの私のフィールド録音について・その2【初期の録音】

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 吹き込んだ録音をCD−Rではなくアナログ盤にしていたらどうだっただろうか。レコードに吹き込んでいたら音楽として意識していったのかもしれない。
CD−Rの録音会社は確か池袋の端にあった。当時その会社の需要は結婚式の記録音源や出産時の赤ん坊の泣き声などの私的ドキュメンタリーが多かったそうで、まるで調剤薬局のようなスタジオでいくつかそういった録音を聞かせてもらった。そのせいか、出来上がった初のオリジナルCDは音楽作品には思えなかった。

 当時、芸術作品として意図的に行ったフィールド録音作品はただマイクを構えて録音したものではなかった。必ずどこかの場所に人工的なものを運び、それを使用して録音していた。
ビンやパイプといったようなものだ。あるいは対象に手で触れて録音したものや両耳の脇にマイクを固定し歩きながら録ったものであった。なぜそうしたかというと、そのままの録音では生録と大差がないと考えたからだったと思う。それではこれまでの趣味と同じだ。

 ビンやパイプの内部での反響や共鳴による変化はその空間そのものの変化と見なすことができる。そうすることでそれまでこだわってきた作品が持つ空間や身体性のようなテーマが表現できると考えていた。今は興味がないが、メルロ・ポンティやロラン・バルトあたりの身体論めいた本をそういえばよく読んでいた。

 例えばパイプを波打ち際に持っていって録音したものでは、パイプの先端に打ち寄せる波によってパイプの片方の口が開いたり閉じたりする。その動きによって聴こえるピッチ、パイプ全体に共振する周波数が瞬時に変わる。物理の教科書に載っている気柱の共鳴の実験と同じである。これは或る住居空間の窓や扉を開けたり閉めたりすることに似ている。空間の区切りは認識によって変わるものだ。扉を開けたら部屋は廊下とつながりが容積が大きくなると考えることができる。空間とは建築図面のような固定されたものではない。
 
ビンの中にマイクを入れると、それは閉じた空間を意識させられる。これは空間のイメージに関連する想像で、ビンの中に自分が入ってしまったような、自分を取り巻く限られた空間を意識させる。またヒトには可聴範囲があり、認識の範囲を意識する。2本のマイクを入れればステレオ録音になり、身体的にもそのことが意識される。誰もビンのなかに入ったことはないが、その音響が狭い空間の内部であることは日常体験から類推して理解できる。そこともまた面白い。2本のマイクは聴覚体験のアナロジー、あるいはモデルになるのだ。

 歩きながらの録音は、マイク自体が移動すると同時に対象も移動していく。録音を聴くと、自分が移動していることより周囲の音響が動いていくことのほうが強く意識され、妙な逆転現象が体験できる。動きの基準はどちらでもよいのだ。音は空間に反射するため視覚認識と比べて、はっきりした位置を感知しにくい。したがって移動する録音は一方向の動きということよりも動き移ろうこと自体が別の意味を持ってくる。このあたりは当時とは別の思考で試してみたい内容がまだまだあるように思う。
 このような、あからさまに意図的な録音を91〜94年頃まで行っていた。

コメント(1)

私が津野さんの活動を知ったのは確か2・3年前だったと思います。その経緯もあまり覚えていないのですが、web上のインタビューでマイクを自動車の排気口に入れてみた時の記述が印象的でした。その後、WrKの存在を知り、「日本にこんな人達がいたのか」と嬉しくなって早速に津のさんにメールをさせていただきました。そんな次第でありますからこのようなトピック改めて興味深いです。

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