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立原道造コミュのヒアシンスハウス

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 先日、浦和のヒアシンスハウスを訪れました。

 入るとまず、木の香りがしました。入って右側と正面には、窓がありました。窓枠は深い緑色で、そこから見える木々や葉たちの色と溶け合います。左側には一人分のベッドがあります。そこの壁にも窓があり、これは小さい窓です。寝るとそこからは空と梢が見えます。枕元の棚には、本が置けるようになっていました。

 僕はずっとここにいたかった―。
 けれども時間がそれを許さず、僕は帰りました。

 この家に彼が住んだことはありません。しかし僕は、この家で彼が暮らしたことを想像していました。彼ならきっと、あのベッドの傍(かたわ)らの、小さな窓から見える青空や小鳥を、美しい歌にしたことでしょう。

コメント(30)

おわぁ〜行ってみたいですね〜

素敵♪晴天の日差しがまたニクイですね。

レポありがとうございます。
あそこは、いいですよねーー♪
わたしも、ずっと居たくなります。
コミュ内に、ヒアシンスハウスのボランティアさんもいらっしゃいますよ。
私も一度伺いたいと思っているのですけどね

やはり伺うのは、春先が よさげですね
私、ヒアシンスハウスの
ボランティアのガイドをしています。
冬の場合、1日の訪問者は、
20人から30人ですね。
私は、訪問者のない時間には、
ヒアシンスハウスの中で、ソネットを作っています。
 >キャンティ・クラシコさん

 僕が行ったのは、1月17日の水曜日です。曇っていて、寒い日でした。でも、立原道造には、ヒアシンスハウスには、爽やかな良い天気が似合いますね。
 >なな猫さん

 また春になったら訪れるつもりです。季節ごとのヒアシンスハウスを見たいと思っています。
 >DotComiさん

 そうですね。僕も春にまた行くつもりでいます。
 僕は中浦和駅から歩いていきました。公園に入ったらすぐに見えました。見えた瞬間「あれが、あの立原が夢みていたヒアシンスハウス…」と、胸が躍りました。
 >スエダマさん

 僕が行った日は、女性の方がいらっしゃいました。17日の水曜の2時半ごろです。小さな家ですが、隅々まで見て、備え付けられているノートに感想も残していったので、20分ぐらいは滞在していたと思います。窓の前の椅子に座って、自分が道造さんになった気分で外を眺めていました。
 ソネットは、僕もたまに作っています。僕のページでも発表しています。難しいですね。立原のすごさがよりわかるようになりました。
 >totoharuさん

 >別所沼との位置関係が変わってしまっていなかったら

 そうなのですよね。僕も「あれ?」と思いました。立原の残したスケッチによれば、ベッドの横の小さな窓から沼が見えるはずなのですよね。反対向きにせざるを得ない事情があったのでしょうか。
 
 僕が訪れたとき、ガイドの方に「建築をまなんでいるのですか?」尋ねられました。僕は文学系ですので、「いいえ、彼の詩が好きで…」と答えました。
 建築系の方も数多く訪れる家なのですね。そちらのが多いのかもしれませんが。
アル・・・に花束を さま。

あの日のガイドとしてお会いしました(^^ゞ
静かに熱心にいらっしゃったので、あまり話しかけないようにしておりました。
閉室間際にラジオ局の方が突然いらっしゃいましたが、落ち着かなかったのでは?と申し訳なく思っていました。

3時半ごろ部屋を閉めましたが 沼の畔に立つ「アル・・・」さんをお見かけし、立原に思いを馳せていらっしゃるのだなと微笑ましく拝見いたしました。

いつかまたお会いできましたらどうぞごゆっくり〜。
(あの日ノートに書き残していただいたものを、私の表の(?)日記で紹介させていただきました、ごめんなさい)
>アル…に花束をさん

建築家の中村好文さんが著書の中で
道造とヒヤシンスハウスにふれています
中村好文/住宅読本
第二章
新潮社刊 P30

書店で
たまたま中村さんが好きで
手に取った本の中に、立原道造さんが出てきて二倍うれしくなりました
>アル…に花束を さん

>建築系の方も数多く訪れる家なのですね
建築の分野は不案内なのですが
やっぱり辰野金吾賞3年連続受賞ということで
今も評価が高いのでしょうかね

立原が生きていたら 赤坂プリンスの設計
請け負っていたのでしょうかね?w
 >小麦さん

 小麦さんのブログを先ほど拝見しました。ノートに残した感想は、紹介していただいてもまったく問題ありません。むしろ嬉しいのです。
 あのままいて、ラジオ局の方にマイクを向けられたらどうしよう、とは思っていました。そうなる前に逃げた(?)のでした。でも、十分堪能できましたので、お気になさらないでください。

 >3時半ごろ部屋を閉めましたが、沼の畔に立つ「アル・・・」さんをお見かけし、立原に思いを馳せていらっしゃるのだなと微笑ましく拝見いたしました。

 気づいてらしたのですか…。実はヒアシンスハウスが閉まった後、僕はあそこの目の前のベンチで、おにぎりを食べました。持参のお昼(遅いですが…)をヒアシンスハウスの前で、立原道造に思いをはせながら食べようとしていたのです。開室中では変に思われると思って、閉まるのを待っていたのでした。今思うと、見張っているようで失礼でしたね。ごめんなさい。
 ちなみにあの日は寒くて、食べながら、立原に思いを馳せながら、手はかじかんでいました…。
 
 
 
 >キャンティ・クラシコさん

 >中村好文/住宅読本

 次に本屋さんに行ったときに探してみます。情報をありがとうございます。
 
 たしかに、思いもよらぬところで立原道造のことが書いてあると、とても嬉しいですね。別のトピックで書きましたが、僕は以前、NHKの英会話講座のテキストにおいて、立原のエピソードが紹介されているコラムを見つけました。この時は思わずページの端を折り、付箋をつけ、線を引いたものでした。英語は忘れても、このコラムは覚えています。

 
>アル…花束をさん

ふふふ
たぶんニンマリされると思いますよ
(^-^)ノ~~
 >DotComiさん

 建築系の方のほうが多く訪れるそうです。
 独身者のための週末住宅という発想自体が、戦前の日本では珍しかったようです。
 個人的には、大きな建物よりああした小さな家の方が、立原らしい気がします。立原を好きになってそう長くない者が言うのも何ですが…。
雑誌『暮しの手帖』最新号で、ヒヤシンスハウスが取り上げられているようですよ。
ちょっと、立ち読みしてみましょう。
 >元祖ブースカさん

 『暮しの手帖』、読んでみました。
 僕はこれまで、ベッド横の小窓から沼が見えないのは、ヒアシンスハウスが、立原の構想と反対向きに建てられたからだと思っていました。そうではなかったのですね。本来は現在建っている位置の対岸に建つはずだったのだそうです。それが、2004年に建てる際には敷地の関係で出来なかったので、現在の位置に建てられたとのことでした。今日『暮しの手帖』にそのことが書いてあったので知ることが出来ました。
 …といっても僕は初心者なので知らなかっただけで、皆さんはきっと既に知っていらっしゃるのでしょうけれど…。

 あと、家の入り口にある敷石の数が14個だというのも、この記事によって知りました。14行詩の詩人は、このようなところにまで気を配っていたのですね。驚きました。…と思って彼の残したスケッチを見てみると、敷石は10個しか描かれていませんでした。ということは、2003〜2004年に建てる際にそうしたということでしょうか。
 銀行の待合場所に『暮しの手帖』があり、熟読してきました!
 ページ数は少なかったですが綺麗な写真が載っており、要点を押さえた気持ちのよい概要が書かれており、とてもよかったです。

 アル・・・に花束をさんもおっしゃっている通り対岸に建っていることと敷石が14個だということぐらいしか、立原さんのスケッチと違わないような気がします。

 2004年ということは、まだ新しいのですね。恥ずかしながら、このコミュに入って初めてヒアシンスハウスの建立を知りました。
 設計図は神保光太郎さんあてなどに送っていたようですが、手紙って書いてみるもんだなぁと思いました。
『暮しの手帖』母がかってきていたので
ヒアシンスハウスの特集みました。
今度、東に行くときには行きたいなあ。

一人のためのおウチ。
くまのプーさんや、ムーミン谷のイメージです。
みんな自分に合った家に住んでる。

ねがいは、明るい洋燈のしたで静かに本がよめるように。

と書かれた立原道造展のときのポストカードをもっています。
ヒアシンスハウスのことだったのでしょうか。
小生、縁あって実施設計にかかわった者です。
2007年の建築学会の「作品選奨」というものに選ばれました。
こうしてみなさんに親しまれて
天国の立原さんもきっと喜んでいらっしゃることでしょう…。
ベネッセから発行されている
「BISES(ビズ)」という雑誌の2007年早春号(46号)にも載っていますので
ぜひ読んでみてください。↓
http://www.belier.co.jp/~bises/back/bises46.html
最新号の1号前ですのでもう店頭にはないかもしれませんが。
マイミクのひとりと訪れたのはすこし前のことになりますが、非常に耐震性の高そうな構造でした。(Rahmen構造?)
頑丈な棚も、構造材として使われています。
関東大震災を経験している立原らしい心遣いかもしれません。


そして窓が大きく開き、ゆるやかな風もゆたかに通り抜けてゆきそうなのも印象的でした
ヒヤシンスハウスから公園の中を歩いてゆくと、とある会館があり、シルバーの高坏にウェファースのついた、ちょっと昭和前半を思わせるアイスクリームが食べられます。
何年か前に訪れました。

その際に凄く親切なボランティアの女性の方に出会え、
あたたかく優しい気持ちで過ごせた事が今も思い出になっています。
光がささやく家でした。
ヒアシンスハウスの会で、会報の編集をしている高橋博夫(ピジョン)です。今年平成22年11月3日(水・祝)に、年一回の《第6回ヒアシンスハウス夢まつり》が開かれます。午後1:00から、原子朗氏(詩人・書家。早大名誉教授)の講演があります。ご都合のつく方はぜひ、お越しください。
初めまして。
昨日、ヒアシンスハウスに行って参りました(≧ω≦)!!

小さな心地好い空間が何とも立原さんらしく、詩人の夢がぎゅっと詰まった素敵なハウスだと感じました♪
言葉だけでなく、建物(設計)も詩的で澄んでいるものなのですね*
立原さんのスケッチ通り旗も風になびいており、立原さんの夢を丁寧に実現して下さった方々がいらっしゃるのだなぁと思いました*

また暖かくなったら行こうと思います〜♪
はじめまして。
中学生の頃、とても好きだった立原道造を、50歳過ぎてから読み返し、再び好きになりました。
透明な魂のままで、青空に溶けてしまったような人だなあ、という気がします。
そして、どうしてもヒアシンスハウスに行ってみたくなり、いまさらですが、先日やっと行くことができました。
暑い日でしたが、別所沼公園はたくさんの木があり、木陰がとても涼しくてホッとしました。

ベッドがあんなに小さかったとは・・・・
長身の彼があそこで寝るには、身体を折り曲げないとダメだったでしょうね、というと、案内の女性が笑っていらっしゃいました。

今度はまた、涼しくなったら行ってみようと思います。
冬も春も良さそうですね。
季節ごとのたたずまいを味わってみたいです。

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