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思想と哲学コミュの「死」とは何か?

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なぜ人は死ぬのに生きているのか?
そもそも死とは何なのか?
というより死をめぐる考え方でその人の生き方がわかるわけで哲学的にも思想的にも至上の問題ではないだろうか?

コメント(749)

【 死について10000文字チャレンジ ➀ 】

・私は死ぬ
・私は死ぬのだけど、誰が確認するの?
・私が死ぬを確認できたら、そりゃ、幽体離脱している証拠だよな。
・死の絶対知をすると、きっと振り返る事はないだろう。
・私の死体を見て嘆き悲しむよりも、客観体の方をみて
 天国か冥府かあるのならば、私の幽体は融合しながら歩きだすだろう。
・これが成仏か?
・つまり、死は死である。自分の死に興味はないとも言ってもいい。

・私ではない私が上記の状態をみて、どう思うか?
・私が死んだら、その私の霊魂は、なにか諦めて、どこかに向かって歩いていくだろう。
・死んだら生き返らないからしょうがない。
・諦めが死である。

・私ではない私が、私の死骸を最後まで見守るとしよう。
・私の霊魂は、既に天国に向かって歩いていっているので、
 私ではない私が、私の死骸の最後まで見守るしかないだろう。
・私の死骸は火葬され、葬式をして、知り合いが集まり、
 その知り合いも24時間経てば、自分の生活に戻っていく‥‥
・私の肉体は思った以上に、儚い。
・私は私に思った以上に、過大評価している。
・私を大切にしている事は確かなんだが、
 たかが24時間で忘れられる儚い存在である。

・死は呆気ない。死は諦めであり、実に呆気ない。

電球 永遠に生きられる方法はホモサピエンスに存在するのだろうか? 電球
(601文字)
【半熟にたまご(=もんちゃっく=マジカルモンキー)のまとめ】最新版 2025.10.23

・その実態は子供部屋おじさん(コドオジ)。
・食事の用意など、身の回りのことは親族がやっている。
・ろくに小遣いをもらってないから、とにかくカネが無い。
・カネが無いから本が買えない。だから、本を持っている人間に嫉妬している。
・ブックオフの存在を知らなかったのは内緒である。
・日本のAmazonに実店舗があると思っていた。
・嬉々として書いている「走馬灯」は、現実とはかけ離れた、あるべき自分の姿。
・mixiに、ネットで拾った画像を貼り付ける「著作権侵害」が常態化している。
・中学校で学習する数学すら、まともに理解していない。
・ちなみに、本人は「虚数」を理解していると思っているが、まったくの的外れである。
・ホッブズのリヴァイアサンの基本的な内容も理解していないことがバレてしまった。
・「脳に乳酸が溜まると働きが鈍くなる」などと嘘をついてしまった。じつは正反対だった。
・中身がカラッポのくせに「賢者ブランディング」をしようと日夜虚しい努力をしている。
・自分は何もできないにも関わらず、他人にケチを付けてばかりいる。
・頭がおかしいので、自分は常に正しく、他人は常に間違っていると錯覚している。
・口先で言うばかりで、何の実体もない。
・世の中すべて「フィーリング」だと思っている。
・本物のバカなのに、自分は賢い人物であると勘違いしている。
・自分が秘密の組織のエージェントであると妄想している。
・「ヘーゲル式平和」などという無内容の言葉を創作してしまった。
・バカだから、この世に「オリジナル」など無いと思っている。
・著名な論文誌(英文)に投稿するような査読付きの論文が「卒論」だと思っていた。
・長年カントを勉強していた(自称)くせに、「カントは無神論者だ」などと勘違いをしていた。
・日本語の「主語」がどれなのかすら分からないことがバレてしまった。
・長期間、引き籠っているので、基本的に世間知らずである。
・相変わらず、虚言癖が治る気配もない。
・mixiに嘘やデタラメを書くのが ”唯一” の楽しみ。
【 死について10000文字チャレンジ �� 】

アンネ・フランク曰く、『 私は死んだ後でも生き続けたい 』

・アンネの言う通りだ
・別に俺が死んでも、俺の死骸は『氷』にはならんし、俺の霊魂は『 猪 』にはならん
・絶対真理かとおもうが、もしかしたら、俺の霊魂は、話せる猪かもしれないw

・俺が死んでも、俺は幽体で生き続けるのだから、
 別に死は恐くないものだと思ってもいい
・死んだ後に地獄に落ちたり、地縛霊として、この世さ迷うのならば、
 話は変わってくるが‥‥
・この(激しい・ドクサ)思い込みは、やはり宗教の成果といってもいいだろう。

・死生観は子孫に伝えていかなければいけない。
・でなければ、死後、<私>の幽体は<私>のままで
 生き続けることができないからね。



・一番長生きする生命は樹木である
・アメリカ.カリフォルニア州 ブリスルコーンパイン
 『メトシェラ』 樹齢約4,765年(中央図)、俺の人生の47倍
・西オーストラリア州にある世界遺産・シャーク湾(Shark Bay)の浅瀬には、
「ポシドニア・オーストラリス(Posidonia australis)」という海草、4500年前
 (右図)俺の人生の45倍
・寿命なんてもんは、長いか、短いかだけである
・しかし、長寿な樹木は、いつ死ぬんだろうか?
【 死について10000文字チャレンジ ➂ 】

チャップリン曰く、
『 死と同じように避けられないものがある、それは生きる事だ 』

・たまたま生きているから、たまたま死ぬのである
・死は呆気ない。死は諦めであり、実に呆気ない。
・しかし、<私>の幽体はきっと、<私>のままだろう。
・そう宗教に思い込まされているかもしれない、本当はしゃべる猪かもしれん。

・死とは仲間外れのことだ。
・これは本能に刻まれていて、仲間外れは死の予感がするもんだ。
・仲間外れが死ならば、迷子も死である。
・生きる故、善人であろうと、悪人であろうと、仲間が必要になってくる。

・私半熟にたまごは、生きた屍になった事がある。
・生き別れ、生きながら死別も経験がある。他人は勝手な生物だと感じるwww
・その分、誰よりも握手、ハグの経験も多い。なんというか極端な人生。
・俺の事を好きな奴は大いに好きでいてくれるし、俺の事を嫌う奴は命まで狙ってくる、
 そんな人生だ。
・生きながら死別ってどういうこと?と思うかもしれないが、
 相手が泣きながら会いにきたことがある。これが多い。
 これが生きながら死別である。

電球 もう慣れたし、対策、アドバイスも完璧www 電球

人生は、実に…、ぴかぴか(新しい) 面白い ぴかぴか(新しい)
(570文字)
【 死について10000文字チャレンジ �� 】

ちょっとここでまとめよう。
・死生観なんてもんは、宗教の押し売りかもしれないが、
 万が一、万が一、死んだ後に地獄に落ちたり、万が一、万が一、
 この世をさ迷う不幽霊になるかもしれない。
・こう見えて、私は幽霊を信じている。んが、幽霊はスケベが嫌いなので、
 にたまごがスケベ状態になっている時は、近づいてこない。

・死生観など、自分で決めりゃ良いと感じる。
・私の人生が100年だったら、死後、100年後、生き返ると思えばいい。
・なんとニーチェ的な発想か!?

・生きている(〜ing)証拠はよくかく。
 今夜何をたべようかな?明日何をたべようかな?と考えながら、
 HomeComingしている時は、生きている(〜ing)証拠
・また、HomeComingして、誰かが『お帰りなさい』という家族がいれば、
 なお、よし。

・死んでいる(〜ing)証拠は、諦めて呆気ない幕引きの時。
 諦めているので、当然、死体とはコミュニケーションが取れずに、
 <私>にできることは、忘れられる事だろう。
・仲間から逸れるってのも死だね。
・ですので、生きている間に死を経験する事もあり、
 生きている間に、幽霊になったり、地獄に落ちたり、
 ハーレムみたいな天国へ行ける事もある。
・ただ、死はどう足掻いても、避けられない

・私自身は成仏できると確信があるので心配はないんだが‥‥
・<私>の性格なんて変わらないんだから、死後の<私>も変わらないだろう。

オードリー・ヘップバーン曰く
『 死を前にした時、惨めな気持ちで人生を振り返らなくてはならないのなら、
  嫌な出来事、逃したチャンス、やり残した事ばかりだとしたら、
  それはとても不幸な事だと思うの 』

ピーテル・ブリューゲル(父) 絵画『 死の勝利 』
(793文字)
タヒぬ、


?
ぼくはしにましぇん
、、、
おまえはもう、、んでいる、、
?
ログアウト?
?
細胞が死んでる?
?
生まれ変わり、生死、死生観、、
たましい、れいこん、
いきてる
しんでる
しんでない?
いきしてる?
いきてない?
いきいき?
しんでいる?しんだ?
しぬ?
しなない?
いきてる?
いる?
?
こむぎ?
?
いるか?いないか?
?
>>[715]

単なる自己満足とは言え、無駄なことしてんな、お前。
死ぬまで、この無駄をやるつもりなんだ?
暇つぶしだけの人生だな(嘲笑)
【 死について10000文字チャレンジ �� 】

・>>[710]〜>>[715]を書いてみて、思った事は、皆、死について考えている
・生きている間、生死の間、死後の世界というプロセスだ。

・まず、なぜ生命は死ぬか?という答えは、遺伝子進化を専門にしていた俺が話そう。
・歳を取ると遺伝子が壊れるんだ、例えば、紫外線とかで。
・人間の場合、歳をとっても壊れないかもしれないが、
 プランクトンやカエル、トカゲといった小さい生命の場合、
 もろに歳をとれば、遺伝子は壊れてしまうだろう。
・じゃ、壊れた遺伝子をもった生命が繁殖したら、子は全て障碍がでて、
 生存競争に負けてしまう。
・すなわち、死があって、生殖サイクルが早ければ、生存競争に勝てる子が
 でてくると言った具合だ。
・死は科学的にあるとうことよ。

・死の哲学者と言えば、ハイデガーとフーコーだろう。
・ハイデガーの場合、自分は死に向かって時間をかけて歩いているが、
 死の方も時間をかけて自分の方へ歩いてくる。
・ハイデガーの死は扉である、決して避けられるものではない。

・フーコーの死は人類の終焉だ。つまり時代遅れには死をだ。
 仲間外れにされたものは死に直結すると本能に刻み込まれているから、
 仲間外れにされたら悲しいし、不安だよね。
・しかし、時代の最先端に行ける奴も、そうそういないと思うけどなwww

・科学者でも、哲学者でも、宗教家でも死を考えるものだ。
・なら権力者はどうだ?政治家はどうだ?他人の命をどう思っているんだろうか?
(659文字)
文章を質より量だと思っているバカw
だから、本を内容よりも冊数で価値判断する。
何冊持っているか、何冊読んだか、そんなことばかりを気に掛ける。
文章も同じだ。何文字書いたかが重要になってくる。
だから、無内容の駄文を大量に書くことに専心する。
中身の薄いバカである(嘲笑)
>>[718]  釈迦のいう【成仏】は「無となって消え去り、輪廻の輪から外れ、転生しない」です。 ただそれだと「ナンデヤネン」ってなる人が多いので方便(仏教用語)で「ホトケの浄土に生まれ変わる」って言い変えてただけ(´・ω・)うそプー
【 死について10000文字チャレンジ ➅ 】

ナポレオン・ボナパルト曰く、
『 生きたいと思わなければいけない、いつか死ぬを知らなければいけない 』

・他殺に自殺、強者の死と弱者の死。

・強者は事後に考え、弱者は事前に考える
・ナポレオンは非常に賢い。強者なのに弱者の考えだ。
・死のシステムはよく解った、ヘーゲルの絶対知をすれば、
 炎を怖がらないヒトのように、死も恐くならなくなり、死の恐怖を遠ざける。
・問題は他殺と自殺だ、生殺与奪権である。

・他殺?と短気の人間性の中身は、ほぼ一緒。
・ヒトの命を奪ってもいい立場だと思い込んでいるサイコパスだ。
・被害者は、さぞ無念だっただろうと思う。
・俺は無念の感情を知っているから、被害者に最終的に去来するのは無念だ。
・怖かっただろう、悲しかっただろう、苦しかっただろう、
 痛かっただろう、呪ってやりたかっただろう。
・被害者の魂が成仏できるように、赤の他人が犯人を見つけ出し、
 正義の名の下で裁判にかけ、安らかに眠れるよう葬式をあげるのだ。

・自殺は、死ぬ瞬間を速める行為であって、
 個人的には悪い事ではないが、生きる目的なんざ、いろいろあるはずだと思う。
 ま、生きる目的を見失う者もいるだろう。

織田信長曰く
『 人間50年の命、障害は儚いもの。死なない人間などいない 』
(583文字)
【 死について10000文字チャレンジ �� 】

・殺人鬼の他殺なんてもんは論外で、短気や癇癪と同じもんだ。
・どうして、お前が他人の命を奪ってもいい存在なのか?を考えていないのだ。
・ま、にたまごは犯罪心理学が得意なので書くのだけど‥‥
・ま、殺人衝動ってもんもあるけど、これは癒しが足りないだけさ。

・問題は弱者の自覚のある命さ
・どうしたらよいか?解らないぐらいの弱者、自分はミジンコLevelで
 どう足掻いても、自己肯定感が上がらないヒトだっている。

・タロットカード#8ストレングス(剛毅)のカード(左図)
・これはにたまごの運命のカードでもあるが、
 弱者は無限大の力があるんだぞという意味。
・獅子は強いが、女子は弱い‥‥、
 女子は弱いが、美しく、料理を作るのが巧いという暗示
・なにも強さだけが、美徳ではないのだ。
・無限の弱者(プランクトン)もいなければ、生態系の強者(トップ)もいない。

・自己肯定感に関しては、ニーチェが一番、簡単。
 ありのまま自己肯定しろ!だけwwwwwwww
 自己肯定感の哲学なんて、哲学史の半分が自己肯定感だ。

・まず、バカは生を享受していない、まず、生きる事が大事だよ。

孔子曰く、『 未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん 』

♪ It's Alright, Ma − Bob Dylan

ボブ・デゥラン曰く、
『 日々、生まれ変わるのに忙しくないヒトは、日々に死ぬのに忙しい 』
(670文字)
【 死について10000文字チャレンジ �� 】

・いろんな死、いろんな生を考えてきた。
・そして死だけは、生から見たら、無慈悲で呆気ない事が解った。
・あの娘、この娘も、生が尽きたら死んでしまうのだ。

・今、地上に80億人も人がいるが、この80億人もいずれしぬ。
・80億人が全員が死ぬまえに、子供が増えるから90億人になるわけで、
 『 生 』も捨てたもんじゃない。

・死はコントロールできないもどかしさと、そうであってほしい願いがある。
・それが自殺と他殺だ。
・やはり、他殺は論外だな‥‥、他人の命をコントロールするもんだから。
 
・弱肉強食、強滅弱進、生死はまるで、波のよう
・やはり、ヒトもシャーレの中の細菌(細胞)みたいに、
 増えては減って増えては減っての繰り返しか?

・死にたいと思っている男性には、おっぱいを見せるのが一番だ思えてきた。
・おっぱいみれば、生きる活力が芽生えるかもしれない。
(417文字)
【 死について10000文字チャレンジ �� 】

死が本人にとって最悪な事ならば、最悪なパターンは、
生きながら死別(仲間外れ・迫害)をうけ、その挙句、殺されるパターン。
ようは金で命を買うパターンだ、最悪だな、これ。

これから語っていくのは、おそらく、最悪な死に方だな‥‥
閲覧注意、自己責任でお願いします。

命、欲しくば、金を払え、さもなければ虐めた挙句、殺すぞ!と言ってくる…
教師が多いよね(爆笑!)
俺はよかったよー、喧嘩が強くてwww

死とは意思を持って動いていた肉の塊が動かなくなり意思も無くなること
バカ猿は、また荒らしてんのか?
グローバリズムの意味も解らんでww
マイクロなんちゃらら、、
また荒らしてんのか
という、、
マイクロアグレッション
小さいちくちく、、、
人の心を一番早く潰す方法、、潰されない方法?
生きているのにいきてない?
?生き生き
息してる?
死んでない屍、、
哲学的?
氏
?
肉体?精神?
脳 

?
人じゃない、ろくでなし、?
無反応、無関心、愛の反対、


?
親の氏、、自分の氏、、シ、?
○
たひ、、
場所によってはタブー、?
なんでだろー?
【 死について10000文字チャレンジ ➉ 】

・お題は最悪な死に方に変わった。
・以前より、管理人りょ様には、裁判を傍聴した方がよいとアドバイスしていた。
・生と死が理解できても、【 殺害 】になっては話が変わってくる。

・最も最悪な死に方は、生きている間に死別(仲間外れ)で、
 最終的に、仲間外れさせられた挙句、殺されるってのは、
 二度、殺されたようなもんだ。
・人間の社会は、オオカミの社会と同じなので、
 最悪、序列が低いものは虐め殺されてしまう。
・ありえる話である。
・あ・り・え・な・い・ほど運のない奴は、あ・り・え・な・い・ほど優しい奴だ。

・次、幼子の死は、最悪であるという事。
・寿命を全うするというのは、死をコントロールしなくとも(自殺)、
 自然の摂理であり、避けられないことである。
 そこに恐怖を感じる未熟者がいるか、諦観する猛者がいるだけよ。

・ただし、死する運命の幼子は、まだ生を享受していない。
・生きるって何?を哲学していないし、幸福が何なのかも解らないのである。
・私ペリーも、小児癌のボランティアをしていたが、
 死する運命の幼子をボランティアするのは死闘である。
・死が解らない、生が解らない、幸福が解らなく、死ぬってのは最悪な事態だと考える。
555文字
【 死について10000文字チャレンジ �� 】

・あるキャラを思い出した。
・それは漫画『 バギ 』に出てくる、純・ゲバルである。
 彼はいう‥‥

【 死ぬのに良い日なんてもんは、死ぬまでない、今日で精一杯さ 】

・その通りである。
 最悪な死に方があっても、最高の死に方なんてもんはない。
 なので、自殺は最高の死に方ではなく、大半は躁鬱病という病気だと思う。

・この『 死ぬのに良い日だ 』という言葉は、ネイティブアメリカンの諺で、
 調和を感じているようだが、私もその気持ちも解らなくもないが、
 やはり‥‥

【 死ぬのに良い日なんてもんは、死ぬまでない、今日で精一杯さ 】

が正解だと思う。
のこりの5000文字は、以下トピに移転します。
↓
安楽死(死ぬ権利)は認められるべきか? トピ主:管理人りょ様
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6259999&id=99359245
質問

死について、どのような思想がありますか?

ChatGPTの回答

死を「人生の終わり」と考える思想もあれば、「死を意識することによって、生きる意味が明らかになる」と考える思想もあります。また、死後の世界があるのか、自分が死ぬとはどういうことなのか、という問題もあります。

主な思想を整理してご説明します。

1.死とは何か――哲学の思想
Marble head of Epikouros - Roman - Imperial - The Metropolitan Museum of Art

�� エピクロス――死は恐れる必要がない

古代ギリシャの哲学者エピクロスは、死について、私たちが存在している間は死はまだ訪れておらず、死が訪れたときには、もはや私たちは存在していない、という趣旨の議論をしました。

したがって、死は私たちが経験する苦痛ではないので、死そのものを恐れる必要はないと考えます。

ただし、これは死に至る苦痛や、死を予期する不安まで否定する議論ではありません。

Мартин Хайдеггер: вопрос о технике. Цитаты.

�� ハイデガー――死を意識することで、生き方が問われる

20世紀の哲学者ハイデガーは、人間は自分がいつか死ぬことを知っている存在だと考えました。

死は、誰かに代わってもらうことのできない、自分自身の可能性です。

自分の人生には限りがあると自覚することで、世間の常識や他人の期待に流されず、自分自身の生き方を選ぶことが重要になると論じました。

Portrait de Michel de Montaigne, Étienne Dumonstier, 1792 - Traditional visual art under Public domain license

�� モンテーニュ――死について考えることは、生について考えること

フランスの思想家モンテーニュは、死を意識することによって、死への恐怖に支配されず、今の人生をよりよく生きることを目指しました。

死を遠ざけて考えないようにするのではなく、死を人生の一部として受け入れるという方向です。

solitary dog sculptor: Escritura: Albert Camus - Novela y rebeldia - Los maestros escribiendo acerca del arte de la narración

�� カミュ――死を前にしても、生きることを肯定する

カミュは、人間が人生の意味を求めても、世界が明確な答えを与えてくれるとは限らないという問題を考えました。

人生には確かな意味がないように見えても、それを理由に生を放棄するのではなく、不条理を自覚しながら生きることを重視します。

2.死後、自分はどうなるのか
これは死についての最も根本的な問題の一つです。

�� 死によって意識は完全に消滅する

唯物論的な立場では、意識は脳の働きによって生じると考えます。

この立場では、脳の働きが不可逆的に失われれば、通常の意味での意識も終わると考えるのが自然です。

ただし、これは死後の意識について、あらゆる哲学的問題が決着しているという意味ではありません。

�� 魂は肉体の死後も存続する

プラトンの哲学や、さまざまな宗教には、魂は肉体とは別の存在であり、肉体が死んでも存続するという考え方があります。

この立場では、肉体の死は人間の存在の完全な終わりではありません。

ただし、魂が実際に存続することについては、宗教的な信念と、科学的に確かめられた事実とを区別する必要があります。

�� 死後のことは分からない

死後に意識が続くのか、完全に消滅するのかについて、確実な答えを得られないとする立場です。

これは、必ずしも死後の世界を否定する思想ではありません。人間の知識には限界があるので、断定を控えるという考え方です。
(続き)

3.仏教では死をどう考えるか
仏教では、死は生と切り離された特別な出来事というよりも、すべてのものが変化し、消滅していくという現実の一部として考えられます。

特に重要なのは、次の三つです。

無常:あらゆるものは変化し、永遠に同じ状態ではあり続けない。

無我:変化しない、独立した固定的な「私」が存在するという考えを否定する。

生老病死:生まれること、老いること、病気になること、死ぬことは、人間が向き合う苦の一部である。

ただし、仏教には輪廻や来世を説く伝統もあります。「無我だから死後は何もない」と単純に結論づけられるわけではありません。
仏教の中心的な関心の一つは、死後の状態を説明することだけではなく、死への恐怖や執着を含む苦しみから、どう解放されるかという点にあります。

4.死を受け入れることと、死を恐れること
死については、次のような異なる態度があります。

死を恐れるのは自然なことだという考え方

死によって、自分の意識、家族との関係、将来の可能性が失われると考えれば、死を恐れるのは合理的な反応ともいえます。

死を受け入れることで自由になるという考え方

人生が有限であることを受け入れれば、いつまでも生きられるかのように振る舞う必要はなくなります。限られた時間を何に使うかを、より真剣に考えられるようになります。

死に意味があるとは限らないという考え方

死そのものに、あらかじめ与えられた意味があるとは限りません。死を人生の完成や救済とみなすことも、ただ生命活動の終わりとみなすことも、思想的な立場によって異なります。

5.「私が死ぬ」とは、どういうことか
もう一つ、少し違った角度からの問題があります。

それは、単に「人間が死ぬ」ということではなく、「この私が死ぬ」とは、どういうことなのかという問題です。

例えば、次の三つは同じ問いではありません。

私の身体が生命活動を停止するとは、どういうことか。

私の記憶や感覚、思考がなくなるとは、どういうことか。

私にとって世界が存在しているという、この一人称のあり方が終わるとは、どういうことか。

一つ目と二つ目は、医学や脳科学によって多くのことを研究できます。しかし、三つ目には哲学的な問題が残ります。

他人の死については、その身体や行動の変化を外側から観察できます。しかし、自分自身が死んだ後の状態を、生きている今の自分が経験して確かめることはできません。

この問題は、意識とは何か、自己とは何か、そして「私」が存在するとはどういうことかという問題につながります。

さらに考えるなら
死についての思想は、大きく分けると、次の四つの方向に整理できます。

�� 「私が死ぬ」とはどういうことか。意識と自己の問題

�� 死後に意識や魂は残るのか

�� 死を意識すると、生き方はどう変わるのか

�� なぜ人間は死を恐れるのか。死の恐怖をどう考えるか
どの方向から考えるかによって、取り上げる思想家も、問題の核心も変わってきます。
>>[736]

>エピクロス――死は恐れる必要がない

古代ギリシャの哲学者エピクロスは、死について、私たちが存在している間は死はまだ訪れておらず、死が訪れたときには、もはや私たちは存在していない、という趣旨の議論をしました。

したがって、死は私たちが経験する苦痛ではないので、死そのものを恐れる必要はないと考えます。
*** 
既に孫引用してますが以下が正確ですね。「死の形而上学」試し読みより
「〔……〕死は、もろもろの悪いもののうちで最も恐ろしいものとされているが、じつはわれわれにとって何ものでもないのである。なぜかといえば、われわれが存するかぎり、死は現に存せず、死が現に存するときには、もはやわれわれは存しないからである。
(『エピクロス――教説と手紙』、出隆・岩崎允胤訳、岩波書店、67頁)」
https://note.com/keioup/n/n2c3850668d57
***
プラトンから連なる観念論やキリスト教の「復活・永生」神学、仏教の世界を否定した場合、最低限の慰めとなりますが、エピクロスは向かい合っているし説得力あります。
ハイデガーの本は、私には難解過ぎるのでAIに訊いてみた。

質問
ハイデガーの、死についての思想を、
簡潔に説明してほしい。

ChatGPT >

ハイデガーの死についての思想は、主著『存在と時間』(1927年)で論じられています。

簡潔に言えば、人間は、自分がいつか必ず死ぬ存在であることを自覚することによって、自分自身の生き方と向き合うことができる、という思想です。

主なポイントは、次の4つです。

1.人間は「死へと向かう存在」である

人間は、生まれたときから死に向かって生きています。死は、人生の最後に起こる出来事というだけではなく、現在の生き方にも関係するものです。

2.自分の死は、他人に代わってもらえない

他人が自分の代わりに死ぬことはできません。自分の死は、自分自身が引き受けなければならない、最も固有な可能性です。

3.死を自覚すると、自分自身の生き方が見えてくる

人は普段、世間の常識や他人の考えに従って生きがちです。しかし、自分がいつか死ぬことを真剣に自覚すると、他人に合わせるのではなく、自分自身で生き方を選ぶことが重要になります。

4.死を意識することは、今を主体的に生きることにつながる

ハイデガーは、死をただ恐れたり、死後の世界について考えたりすることを中心課題にしたのではありません。死という避けられない可能性を引き受けることで、今の自分の生を主体的に生きることを重視しました。

要するに、ハイデガーにとって死は、単に生命が終わることではなく、自分がどのように生きるかを根本から問い直す契機なのです。

なお、ハイデガーが論じるのは、主として「自分自身の死をどう理解するか」という問題です。死後に意識が存続するのか、死によって意識が完全に消滅するのか、という問題に直接答える思想ではありません。

次に進むなら、**「ハイデガーは、なぜ死を自分にとって最も固有な可能性と考えたのか」**を説明すると、彼の思想がより明確になります。
>>[739]
>死後に意識が存続するのか、死によって意識が完全に消滅するのか、という問題に直接答える思想ではありません
*
私はこのあたりにハイデガーの限界をみるわけです。
そのあたり、エピクロスのほうがより向かい合っているとも思います。
中島義道氏(哲学者)の、

「戦う哲学者が脳出血を経て行き着いた「死んで、かつ死なない」境地…20歳から60年恐れた「死後の永遠の無」は錯覚だった?」

という記事を紹介します。

私は、その内容はまだよく分かってないです。

https://toyokeizai.net/articles/-/953582

https://x.com/hitoshinagai1/status/2095430221063458851
>>[741]
中島先生の下記を持ってますね。
「哲学塾 死を哲学する」(中島、岩波書店)
https://www.iwanami.co.jp/book/b260011.html
「著者からのメッセージ
「死」とは「いま存在している私が永遠の無になることだ」と多くの人は理解していますが――そして恐れていますが――,このすべては言葉が生み出したリアリティなのです.」
言葉が生み出したリアリティたから、「死」という言葉を克服すれば克服できるかもしれい、と続きます。それが哲学を始めた理由だったという。
**
・・・
やはり、「復活」という何らかの経験をすればではないかと思いますが、それは信仰の領域なので上記までかな。仏教だと涅槃というかニルヴァーナの世界?
>>[718]
そのハイデッガーの言葉はどの著作か講義録のものですか?
少なくとも「存在と時間」には、そのようなことは書かれてはいないです。
野口のコメントに真面目に回答する人、久々に見た・・
>>[718]
ギリシアの近代哲学者カザンザキスの「キリストの最後の誘惑」のキリストの言葉にはありました。「死は向う側に向かって開かれる扉」
いつ死んでも良い、と思うことはあり得る。
現在は、そう思わない。

平均寿命が200年くらいになるのが良い、
とも思わない。
https://toyokeizai.net/articles/-/953582?display=b

中島義道氏>

1 20歳の頃、私は「死ぬ」かぎり人生が虚しくて無意味で、なぜ生きているかがわかりませんでした。

2 それから60年哲学をやってみて、結局これがわからないということがよくわかりました。何をやっても、どんなに科学をやっても、どんな哲学書を読んでも、わからない。

↑↑↑

私は、

1は、そうだと思う。

2は、疑問だ。
>>[747]

それは自分が生きている価値がないと自覚してるんだろうな。

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mixiユーザー
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