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思想と哲学コミュの空の思想と実在論【4】

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コメント(76)

↑科学を全く理科してないバカの発言は真理から遠ざかりますので、ご注意。こうした疑似科学・エセ騙り屋に学術議論場での需要も意義も意味もない。控えめに言って邪魔。
ゼミに幼稚園生が感想文言いに来るくらいオカシイ。。(自覚がないのはもっとな。。重症)
>>[16]〜>>[19] pirocmaniさん

俺の中では、何度読んでも、カント哲学のように見えるだが、
これがスピノザに置き換えたら、何が見えてくるのか?というと、『死』だな。

先に何者かの死が必要で、その穴埋めが「盲目的衝動」に関係していると思う。
俺はよく悪魔は輪廻するというけれど‥‥
死の穴埋めは善か悪かわからんが、悪を制するのは悪しかいない。
俺の先祖が、全員、善人とは限らないしね。
頭のオカシイ統合失調症気質で関係ないことをつなぎ合わせるバカは、クソミソ一緒の解像度で荒らし続ける。。それは学問ではなく、そうだったらいいのにな♫そうじゃないからファンタでも呑んどけレベル。。シラフでそれが出来る厚顔無恥さと言ったらないな。。人の迷惑顧みず。。
>>[38]
私が論じている、宇宙や生命を成り立たせている「流動的イデア」(能産的自然)の概念や、「人格を持つ絶対者による発生論」はカントの哲学の枠組みを越えるものです。

カントは「純粋理性批判」において、人間の理性が感性(経験)を超えた「神」「自由」「魂の不滅」を理論的に証明することは不可能である(アンチノミーに陥る)と述べました。
しかし、続く「実践理性批判」において、人間が道徳的に生きるためには、どうしても「自由」、「魂の不滅」、「神」を前提・確信せざるを得ないとし、これらを「実践理性の要請」と呼びました。つまりカントにとって神や超感性的なものは、人間の「道徳的実践の根拠」として要請されるにとどまります。

カントは、自然(物質界)と自由の根拠(精神界)を厳格に切り離したため、「自然そのものが生きた精神であり、自己発生する」という思想(能産的自然)を拒否しました。それはカントにとってスピノザ的・汎神論的な危険を孕むものでした。
カントが、精神と物質を切り離し、汎神論を拒否した理由は、まさに私の論考で「決定論における自由と悪の不在」として論じた問題です。

カントは、決定論的汎神論を、人間の自由を破壊する最大の脅威であると見なしていました。
もし「自然=幾何学的法則としての神」であるならば、この世界のあらゆる現象(自然現象も、人間の行動も)は、物理的因果律のなかで必然的に起きていることになり、自由も悪も、道徳的責任も存在しなくなるからです。(スピノザにとって「悪」は存在しないので、「悪をもって悪を制する」という考えとも無縁です)ですので、私の論考が、カントの持っていた問題意識と一部重なっていることは確かです。

カントは、道徳的要請のために、物質界と精神界を厳格に切り離しました。そのため、スピノザとカントの思想には巨大な断絶があります。
「カント哲学のように見えるだが、これがスピノザに置き換えたら」と書かれていますが、二者の間には、単純に置き換えることのできない思想的断絶があります。

また、「先に何者かの死が必要で」と書かれていますが、「死」は「生や存在」があって初めて生じる二次的な現象です。発生論・存在論において真に先立つものは、感性で知覚できない「生きた精神としての絶対者」であり、そこから能産的自然(流動的なイデア)が展開するというのが私の見解です。
>>[42]

>>[42]は理解できるけど、「盲目的衝動」が気になりますよね。
盲目的衝動が、なぜ発動するのか?ってのは、
スピノザ思想では、神の御業(予め有る)ってこと?

pirocmaniさんは生死において、生が先で死が後だという事?
俺は死が先で生が後だと思うけど。
>>[41]
おい
文句ばかりたれてんじゃねーぞ
どうゆう育ち方しとるんだ?
>>[42]

宇宙も無かった、地球も無かった、生命も無かったわけですよね。
死が先で、生が後ではないですか?

生が先で、死が後ならば、世界は予め有ったのだけど、
一度、全部滅んで、もう一回、生まれたということになるんだが…。
>>[43]
「死が先で生が後だと思うけど。」
ここでの「死」は、言葉の定義としては「無」のことではないでしょうか。
「死」は一度生じた「生」の終わりを指す言葉ですので、「無 → 有 → 生 → 死」という順序となり、何も存在しない状態は「無」と呼ぶのが適切だと思います。

また、「盲目的衝動」について論じているのはスピノザではなく、シェリングやショーペンハウアー、そして仏教(渇愛として)です。

私の論考では、この「盲目的衝動」を、単なる無意味な破壊力ではなく、「宇宙において自然や生命を産み出し動かす根本的な力(能産的自然)」の表れであり、仏教における「渇愛」にも通じるものとして捉えています。
>>[29]

初期仏教は個人の苦しみを解決して輪廻から解脱するための教えであるので

社会的な制裁や倫理とは目的が違います。
>>[37]

科学的な反論をするのであれば、相手のどの点が事実と異なるのかを具体的に示すべきです。

「バカ」「疑似科学」「幼稚園生」「邪魔」といった表現は、相手への侮辱であって科学的反論ではありません。

元の投稿は、「生命の進化や多様性には隕石やプレートテクトニクスなどの地球環境の変化が影響した」という趣旨ですが、この方向性自体は古生物学や進化生物学でも研究されているテーマです。

もちろん、「隕石が多様性の原因である」という表現は単純化しすぎかもしれません。しかし、その場合は「自然選択や突然変異、遺伝的変異、地理的隔離などの要因も重要であり、隕石だけでは説明できない」と内容で反論すれば済む話です。

科学では、主張に対して根拠を示して議論します。人格を否定したり侮辱したりすることは、科学的議論とは言えません。
>>[41]

科学的な議論であれば、主張の誤りを根拠とともに指摘してください。

「頭がおかしい」「統合失調症気質」「バカ」といった表現は、相手への侮辱であって科学的反論ではありません。

また、統合失調症は実在する精神疾患です。診断根拠もなく、このような言葉を侮辱として用いることは、当事者への偏見を助長する表現でもあります。

学問の場で重要なのは、相手を貶めることではなく、主張の正否を根拠に基づいて議論することです。
対になる愛染の【煩悩即菩提】は、法則に逆らって「死者をも蘇らせる」呪術とみた(゜Д゜)屍林の宗教
>>[46]

なるほど、『 有 』から『生』の範囲なんですね。
では、『生』から『死』は、神はどんな絡繰りを仕組んでいるんですか?

スピノザの思想といったら、宇宙の果てまで、歯車が詰まっている思考だ。

カントなんて、まとめて、まとめて、まとめまくれば、
【 自由意志+道徳→格率論 】という1行で纏まる。
スピノザと違って、カント哲学は、実は『スカスカのがらんどう』です。

『有』から『生』の範囲ならば、なぜ、歯車が動くのか?となりますが、
この歯車にも寿命があって、やがて『死』を迎えます。
すると、宇宙の果てまでギューギューに詰まっている歯車の世界には、
死と言う【穴】があくはずだ。

この穴埋めと、盲目的衝動が絡んでいるのではないか?と私は思うのです。
>>[47]
論理的に考えろ
「慈悲」の意味が(も?)マイルド化されているのが大乗仏教なのだろう
>>[54]

HBさんの考えであってると思います(*´∀`*)慈悲の心で彼岸にいざなう
>>[18]
>哲学における最大の謎の一つは、「なぜ無機質な宇宙から、自意識や自由意志を持った人間の精神(意識)が生まれたのか?」という問いです。

これはですね、答えを求めて宗教に向かうか科学に向かうか?
という分岐となる問いですね
後者の場合は
「化学反応の結果、本能プログラムに基づいて機械的に活動する有機体が生まれた」
「その結果、長い時間を経て、環境変化に適応した人類が現れた」
となりましょうか^^
細かいこと突っ込んで悪いが、、有機物・無機物ってのは生物視点なので、宇宙は生物の原材料の有機物も含んだもの。。(まぁ宇宙に対して何もないと感じる一般層の例え話と言いう意味での無機質ってのは分からないではないんですが。。)

あと、ダークエネルギー論によれば、物質があるのは全体の5%程度。。。
宇宙"観"自体が、我々のローカルに寄せられたものであるという一例「直感に反した事実」と指摘しているのはコノためでもある。。

宗教の正当性を科学で担保してしまうとそれは話が逸脱してしまうかと。。相性が良いと言うのと、=科学であるというのは異なった議論レイヤーなので。。

どこぞのコミュでも言いましたが、「盲目の時計職人」「無限の猿定理」のたとえ。
統計的に奇跡的な出来事はタマタマです。。

>https://diamond.jp/articles/-/240846


・猿がピアノの前に座り、デタラメに引き続けても、いつかはモーツァルトの曲通りの譜面進行になる確率は少ないながら存在する。。
人間が生まれたのも、その針の穴を通すような道筋での統計的浮動にすぎない。。

ID論は宗教側の誤謬。説明不能、不可知な神を説明の根拠の一番の因に置くのは非科学,非現代哲学。
その点でも説明不能のものを説明不能の意味で補っても堂々巡りで学術的意義はない。。

神仏を根源に置くのは宗教観から。
というか、インド宗教史ではブラフマー梵天あたりは創造神ではあるが、、、西洋哲学のように倫理やらとは関わってないしな。。(2面性のあるモンスーン気候の神だから、良いことも悪いことも。。清濁併せ持つ)
当初の生命は極めて単純だったのだろうけど
我々はこんなにややこしい^^;
でも面白いことになってしまったw
>>[53]

>なるほど、『 有 』から『生』の範囲なんですね。

「無」に対するものが「有」です。「有」が「生」の範囲に含まれるのでなく、「生」が「有」の範囲に含まれます。「生」も「死」も「有」の内部で起こる状態変化・現象にすぎません。したがって「生」も「死」も「有」の範疇に含まれます。
 
私は論考で以下のように書きました。
「幾何学的な法則(例えば三角形の内角の和が180度であるような法則)は”不変”ですが、それ自体が命を宿して芽吹き、特定の個性的な生命を産み出すことはありません。」

私は、スピノザの「幾何学的法則としての絶対者」は生命を産み出すことができないと考えています。生命が発生しなければ、特定の個性を持った生物も存在せず、死も発生しません。
ちなみにスピノザの体系においては、生命も精神も幾何学的な必然性に支配されていると考えるため、個物の「死」は全体の態様の変化にすぎず、「死」によって法則に「穴」があくわけではありません。
 
カントの哲学の意義や価値について以下に要約、整理してみました。
                                   ・第一批判(純粋理性批判):
経験的認識の限界を明らかにすることによって、自然科学の「機械論的決定論」の適用範囲を現象界に絞り、超感性的な「人間の道徳と自由」が成り立つ領域である「物自体」を示したこと。
 
・第二批判(実践理性批判):
神や外部の権威ではなく、人間自身が自らの理性で道徳法則を定める「道徳的自律(主体的な生き方)」こそが人間の尊厳の根拠であると示したこと。
 
・第三批判(判断力批判):
自然(機械的必然性)と自由(道徳)という二分された世界を、有機体(生命)の目的性や美の感情によって結びつけ、「この世界は人間が自由と道徳を実践するに足る意味ある舞台である」と論じたこと。(目的論)
 
個人的には、カントの哲学について批判的に捉えていますが、その思想の意義を理解すれば、「自由意志+道徳→格率論」の1行で要約できる「空虚な思想」ではなく、敬意を抱かざるを得ないと感じています。
 
つまりカントは、「物理的・必然的な因果律(現象界)だけでは、生命や人間の自由を説明しきれない」と考えたために「物自体」や目的論を提示したのです。そして、その「物自体」を世界を成り立たせ動かす「盲目的な意志」として再定義したのがショーペンハウアーです。
 
このような思想の変遷を踏まえれば、スピノザの思想の枠組みで、「盲目的な意志」を論じるのは不適切であると言えます。
 
現代において「生命は物理的・化学的反応から生じた」と考える人達は、その唯物論的な立場を補強するために、スピノザや仏教の縁起説に惹かれる傾向にありますが、「宇宙の果てまで歯車が詰まっている」ような機械的・幾何学的な法則からは「能産的自然」も生命も発生しない、というのが私の論考の立場です。  
んで、人間を人間たらしめる要素は何か?で過去言われていたモノたち。
>Gemini
時代 人間を特徴づける要素 代表的人物・学説
古代ギリシア 理性(logos) アリストテレス
中世 不死の魂・神の似姿 キリスト教神学
啓蒙時代 道具・技術・理性 啓蒙思想
19世紀 進化・直立歩行 チャールズ・ダーウィン
20世紀前半 道具製作・火の利用 考古学・人類学
20世紀後半 言語・象徴・文化 構造主義・認知科学
21世紀 協力・累積文化・社会性 進化人類学
などなど、

其内、直立二足歩行はダチョウやらでも観察されるし、道具・火は猿もカラスも使う、
言語は鳴き声の研究が進んでいる。。

んで、宗教心は人間だけのもの、、、としていた事すら動物行動学で他生物(象」でも観察されとる。。人間が特別な訳では無い。。(確率として人間の奇異性、特別性を、我々は計算ちがいしてるという指摘。。)

[アジアゾウが死んだ子ゾウを埋葬、初の証拠、どれも上下逆さ姿勢 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト](https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/24/060500304/?ST=m_m_news)


・人間の特性と言われるものも、進化の過程で我々が自然の淘汰圧に抗い、獲得してきたモノたち。。
逆に言えば我々の住む地球の環境変化以外には無防備だし、関知不能。。宇宙に話を広げるのなら、直観主義、牧歌的な経験論はまず廃されるべきであろう。。
>>[58]
「化学反応の結果、本能プログラムに基づいて機械的に活動する有機体が生まれた」
「その結果、長い時間を経て、環境変化に適応した人類が現れた」
これを信じることも一種の「信仰」であり「宗教」であると考えています。
>「宇宙の果てまで歯車が詰まっている」ような機械的・幾何学的な法則からは「能産的自然」も生命も発生しない、というのが私の論考の立場です。  


強い人間原理は否定気味。。哲学でも科学でも。。
んで、どっかでも貼ったが、、
ブライアン・グリーンのマルチバース論
宇宙定数が今我々の存在する宇宙のあり様を決めているので、それがチョットでもズレていたら、宇宙自体が誕生しなかった可能性を考えると、、逆説的に、我々に都合の良いように宇宙ができているのではなく、宇宙があるから我々はそれに適応して生まれてきた、、ってのが真。因果を逆に見積もっている誤謬。。。この辺。

[人間原理 - Wikipedia](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E5%8E%9F%E7%90%86)

>[ブライアン・グリーン「宇宙はひとつしか存在しないのか?」 - YouTube](https://www.youtube.com/watch?v=bf7BXwVeyWw&t=0s) [ブライアン・グリーン「宇宙はひとつしか存在しないのか?」 - YouTube](https://www.youtube.com/watch?v=bf7BXwVeyWw&t=0s)

>見る者がいなければ、月は存在しない──観測がつくる「私と世界」の哲学
https://ogu-rin.com/blogs/20251213




・カントの批判は、人間の内側の自身、自我に対する批判精神を向けたものだから、外界の宇宙に適用させようと拡大誇大解釈するのはエセ哲学スピ化よ。。
>>[57]
慈悲云々
西洋の慈悲は神から人間(罪人)に与えられるもんで、
東洋の神は2面性善悪持つので慈悲を与える存在に限らないのよな。。

西洋でも旧い時代のアニミズムやら中世でも北欧神話やらなどには、そうした神の気まぐれ要素が残ってたりするが。。元来はあっちがベース。。一神教後の世界観に毒されすぎると、それが見えなくなる。。
んで、現代科学では自由意志(従来の価値観での)の否定は80年代リベット以降ほぼ定説化
未だにスピノザ・カント云々の解像度で議論するのは、時代錯誤でもあるし、スピ派の自己都合曲解居でしか無いから意味がない。。(ソレって貴方の匙加減の受け取り方でしょ。。しかない。学術で言う一般性時代性はソコには皆無)
>これを信じることも一種の「信仰」であり「宗教」であると考えています。
https://youtu.be/0yabEKWLpFY?t=1942

↑科学=宗教と考える人の傾向として、その方の科学観「受け取り方)の誤謬の方が先にあるので、、。(科学を理屈抜きで信じてしまえば信仰になろうが、進行している人は科学側ではない層なので。。それ自体は科学の瑕疵ではなかったり。。)

宗教の否定を宗教者に突きつける酷はあろうが、、、
科学的議論も歓迎するという態度であれば、科学を毛嫌いせずにご自身で飲み込む事も必要であろう。。

因果といった原因と結果の間にあるメカニズムをより精緻に、客観的なデータで科学は示すことが出来るので、むしろ、こうした議論の先に接続するのが科学だったりするけども。。(文系の方はなかなか受け入れがたい層もいるってのは理解するし押し付ける気もないが、割とふるい論と1vs1対応してるししっかりその言説を補強する部分もあれば、誤謬を否定する部分もあるので、見ておいて損はない程度に。。)
>>[63]
まあ、まだ完全な実証はされていませんけど
(まだ「判らない」部分も含めて)
おそらく僕が言った通りでしょう

我々(ホモ・サピエンス)は「変化」した結果、他の人類は淘汰されました
さらに、我々に身近な動植物までも手を加えて「変化」させました
「変化」した動植物は我々と密接な共生関係にあります
ほいで、ハイデガーを知らないと揶揄された私としては、人間原理に寄る逆因果律、時間反転を人間が観測できない理由を人間原理で説明する現代物理学を支持するかな。。「100年前の解像度の低い説よりも。。)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E5%8E%9F%E7%90%86
>スティーヴン・ホーキングは、宇宙の時間が逆転する可能性を述べた上で、そのような現象を人間は観測できないとした。人間が宇宙を観測する時、それは人間の脳に記憶として蓄積されるが、時間が逆転すれば記憶は失われていくので、観測は不可能になる。よって、時間が過去から未来へと進むのは、人間がそのような時間の流れる宇宙しか観測できないからとした。

↑そもそもインプット器官がなかったら観測できない。。
人間の先祖の哺乳類は、恐竜の時代に、夜行性と成り、一部色覚を失っているから、我々はそれを見る事は(認識)できない。「紫外線云々」
https://smms.jp/column/945/

・鳥類、虫の一部は失っていないので認識できたりする。。

直感に依存した宇宙観は真実足り得ない。それは人間に都合良く解釈された宇宙像でしかない。。

>>[64]
ブライアン・グリーンの所でも、ホログラフィー理論でも触れたが、、
一般向けのわかりやすい(?)解説。最近ので。

[【超弦理論はマルチバースとホログラフィーを内包する】野村泰紀/9次元空間で異なる性質を持った宇宙が10の1000乗個ぐらいある/ブラックホールがある3次元の理論は2次元分の自由度しかない【1on1】 - YouTube](https://www.youtube.com/watch?v=JPHVmzhHye8)
>>[61]

とても解りやすく、まとめられましたね。
俺がアスペルガーであることがまる出しですねww

『 当たっている 』と感じます‥‥‥‥が、
なぜ、>>[17]で悪を語ったのですか?
>>[61]

カントは悪について語っていないんだわ。
確かにショーペンハウワーは『盲目的な意思』を語っている

では、pirocmaniさんの>>[17]で悪を語ったのは…、なんでしょう?
>カントは悪について語っていない

↑ならなんで倫理の話にカントを統合失調症的なつなぎ合わせで無理やり繋げたという話にしかならんぞ。。そして都合が悪くなるとゴールポストを動かす詭弁・悪手。。救えねぇおめえが始めた物語だろ。。
>>[73]

俺ほどカントを研究した奴はおらへんわ。
>>[74]
>俺ほどカントを研究した奴はおらへんわ。

↑よくソレを私に言えるなぁ。。私の恩師はカント専攻よ。。「しかもドイツ留学者」。。。馬鹿なの?相手を低く見積もりすぎ。。。浅はかすぎて屁もでないわ。。。

んで、>俺ほど
自己愛せいなんちゃら?↑明らかなB群パーソナリティー障害傾向では。。

https://h-navi.jp/column/article/35026371#:~:text=%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%84%9B%E6%80%A7%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AF%E3%80%81%E7%8F%BE%E5%AE%9F%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%8B%E3%81%91%E9%9B%A2%E3%82%8C%E3%81%9F,%E3%81%BF%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
>自己愛性パーソナリティ障害は、現実からかけ離れた誇大な自己評価をしており、賞賛されることに対して強い欲求がある一方で、他者に対しては能力を過小評価したり、共感の欠如があるのが特徴です。 これらの特徴から、繰り返し嘘をつく虚言癖やモラハラ、「自分は特別だ」が口癖などの行動パターンがみられることがあります。自己愛性パーソナリティ障害は、現実からかけ離れた誇大な自己評価をしており、賞賛されることに対して強い欲求がある一方で、他者に対しては能力を過小評価したり、共感の欠如があるのが特徴です。 これらの特徴から、繰り返し嘘をつく虚言癖やモラハラ、「自分は特別だ」が口癖などの行動パターンがみられることがあります。
>>[75]

カントって、究極にまとめあげると、

『 自由意志+道徳→格率論 』だよな?

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