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哲学と倫理コミュの慈悲問答

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Sさん、わざわざお問いかけ下さってどうもありがとうございます。
正直、慈悲とか布施などの問題は、これらの言葉への手垢のついた世間の先入観も多分にあって、とても微妙な問題になっていると思います。
いずれにせよ、提起された問題は慈悲とか布施など、極めて個人的で宗教色の濃い問題を突いたもので、その意味でも重要だとぼくは考えます。


>以前に某コミュでナナハさんに慈悲について質問したことがあったんだけど、その時に自分は慈悲なんて実践してたら、隅っこに追いやられちゃうんだって書いたと思う。


うっすらと覚えています。その時にはぼくはどう応えたでしょうか。その時のぼくの答えに何とも煮え切らないものを感じたということでしょうか。
先ほどもちょこっと言ったように、この問題はぼくは横一線で「あなたもあなたもこうしろよ」と言えるような問題ではないし、
あらゆる場面とあらゆる相手に適用できる一つの決まった行動パターンを答えとして示せるとも思っていません。
「慈悲なんて実践してたら、隅っこに追いやられちゃうんだ」というのは、現実の利害で競争し合う人々の中にあって、慈悲なんてゆうものを自らの信条や行動原則にしていたら、
結局自分が損な立場に追い込まれるだけだという意味でしょうか。
まさにそこが慈悲という心が向かう清らかな原理と、ぼくたちの現実の生存競争が鋭く対立する瞠目すべき現場であって、
ここでの答えの出し方こそが私たちの宗教的思考の一糸一糸を決してくるものだと思います。


>「利他的な人」は嫌われる。利他的な人は、罪悪感呼び起こしたり、多数が理解出来ない行動原理を取っているかもしれないとして、排除される傾向があるみたい。


こういうことは確かにぼく自身も思わぬ形で経験したことが実はあるし、歴史上でもそういう立場に立たされた人のことを読んだことがあります。
歴史上の人物の場合はともかく、ぼくの場合に限って言えば、
思わぬ形でそういう立場に追い込まれたとしても、自分が何ら教条主義的に利己主義よりも利他主義を選んだというわけではなく、
本当に自分の魂と独りっきりで相談した結果、選んだ行動なら、
それがもたらすさまざまな結果も、従容として受け入れざるをえないなあという考えです。
それがまたあらためて自分の非や未熟な所を教えてくれるだろうし、学び鍛える大切な機会を与えてくれたのだと抱きしめるばかりです。

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