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夢の小料理屋のはなしコミュのとある居酒屋のはなし

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コメント(7)

その小さな居酒屋は、お世辞にも綺麗とは言えない新宿駅前の飲屋ばがりが入る横丁の片隅にあった。
薄汚い呑み屋が軒を並べている中で、一件だけ妙に小洒落た佇まいの店。
それが、これからこのお話の舞台になる居酒屋「すずめ」だ。

白い暖簾をくぐると、店主と思しき女性がカウンター越しに数人の学生を相手にしつつケラケラと笑っていた。
「あー、いらっしゃーい。」
昔は美人だったていの華奢な店主は、中生を飲みながら挨拶した。
「どうも、暑いっすね。僕にも中生ください。」
「あーね、今日も暑かったですもんねー。でも、多分明日も暑いデスよ。」
そう言って、店主は中生と柿ピーの袋を僕の前に出した。
「はい、お通し。」
乾き物のお通しとは、最近にしては斬新である。
「なんかおすすめあります?」
「あー、今日のおすすめは鯖かな?いい鯖ありますよ。」
「じゃあ、鯖。」
「普通味と辛いのがありますけど、どっちがいいですか?」
意外な選択肢がある事に、少し同様した。
「じゃ、じゃあ辛い方で。」
「辛い方!お客さんツウですねー。じゃ、辛い方で。」
そう言うと、店主は後ろの棚から鯖缶を出し、ニッコリ笑いつつ僕の前に置いた。
「はい、辛い鯖。缶はパカーンって自分で開けてねー。」
オーダーから10秒後に、鯖は出てきた。
「あの、…鯖って鯖缶ですか?」
「あれ、鮭の方が良かったですか?」
「いや、そう言うんじゃなくて。」
「だって、多分私が作るより美味いですよ。」
悪びれる事もなくそう言って笑うこの店主に、僕はちょっと興味が湧いた。
「じゃあ、いただきます。」
缶の蓋を開けて、鯖缶を食べてみる。

やや、やややや!
美味い。
そして、辛さが絶妙に鯖の脂っこさとマッチする。

「鯖缶だと思ってちょっとナメてたでしょ?」
そう言って涼しげに笑う主人。
いや、これはしてやられた。
ビールのつまみにぴったし。

「すずめ姐さん、ビールおかわりー、3つ。」
先客の学生達が空のジョッキを振りながら催促する。
「あんた達、そんなに飲んで大丈夫?」
「明日は休みだから大丈夫でーす。」
「ま、大丈夫でも大丈夫じゃなくても私には責任無いけどねー。」
そう言いながら、彼女は4つのジョッキにビールを注ぎ、3つのジョッキを学生達の前に起き、残りの1つを自分で飲み始めた。
「美味いな、どうにも。」
客以上に生ビールを愉しんでいるように見える。

さて、新宿に来るのが楽しみになってきた気がするよ。
日曜日だってのに、僕はこないだ見つけたあの居酒屋に行ってしまった。
今日はサクッと飲んで帰るつもりだ。
電球の黄色い光が漏れる「居酒屋すずめ」は、どことなく暖かい感じがする。

「あれ?お兄さんまた来たの?暇なの?」
すずめ姐さんが人の顔を見るなりそんな事を言う。
「暇なの?って、随分ご挨拶じゃない?」
「あれ?『あ、おかえりなさい』とか何とか言って欲しかった?うち、そう言うのやってないから。そう言う夢みたいな店のが良かったら、神楽坂辺りの小料理屋に行けば良いんじゃね?」
うむ、僕はこの店の何に魅かれているんだろうか。
そして、ここの常連と思しき若者たちも、この店の何に期待してるんだろう?
「レモンサワーで良い?」
「あ、ああ、じゃレモンサワーで。」
いろんな店に行ったけど、飲み物を決められたのは初めてかもしれない。
「でもね、うちのレモンサワーは本気で美味いかんね。」
そう言うと、すずめ姐さんは酎ハイを2つ作り始めた。
手際が異常に良い。
カツカツっと作って、1つは僕に、1つは自分の前に置いた。
炭酸がボコボコ言ってるいる。
強炭酸なんてもんじゃない、超ストロング。
「やっぱ、こう言う湿気がちな日はこう言うのが飲みたいでしょ。」
ああ、凄く心得てらっしゃる。
もう見た目に涼しげ。
飲めば、爽快感が喉を通り過ぎていく。
「美味しいでしょ?」
「うん、美味しいです。」
「でしょ?一応国産レモンをひとクシ絞ってるからね。」
「へぇ、材料に拘ってるんですか!」
「香り付けはね。あとはポッカレモンだから。」
うむ…正直過ぎる。
でも、わざわざレモンサワーを一杯づつ作ってる店なんか、考えてみたらそんなに無いかも知れない。
「夏はこれに限るな。美味いわ、どうにも。」
そう言いつつ、喉をゴクゴク動かしてキンキンのレモンサワーを飲むすずめ姐さん。
「くはぁ、たまんねーな、これ。」

あれだな、蒸し暑い夏もちょっと良いかも知れないな。

一瞬そんな事を思いながら、僕も一気にレモンサワーを喉に流し込んでみた。
天気がスッキリしない1日だ。
ガツンと暑かったりすると酒もうまいんだけれど、ま、でもそれとは関係無く今日も会社の帰りに居酒屋すずめで飲んでいる。
もはや、仕事帰りのお楽しみである。

「ところで、すずめ姐さん…」
「あのさ、みんな『すずめ姐さん』とか呼ぶけど、あたしそんな鳥みたいな名前じゃないかんね。」
「!」
意外である。
「お店の名前はね、『雀のお宿』の話から取ったの。」
「じゃあ、姐さんはホントは何て言うの?」
「そう言うの公表してないから。」
「じゃあ、何て呼べばいいのかね?」
「そう言うのは、今これ読んでる暇人にでも決めさせればいいじゃん。」

そう言う訳で、姐さんの名前が皆さんに委ねられた訳だ。
「あたしダサい名前とか付けられんのヤだかんね。てか、普通作家ってのはキャラ設定ぐらいちゃんとやってから書き始めるもんだけどね、ったく。」
そう言いながらレモンサワーをぐびぐび飲む姐さん。
名前はまだ無い。

「そう言えば、兄さん子持ち昆布食べる?」
「作ったんですか?」
「あー、そこの新しく出来た寿司屋で貰ってきた☆」
絶対料理作る気無いだろうと言う清々しい姿勢が、多分この店の魅力だ。
早速一口食べてみる。
上手い。
食感と下味の具合が絶妙である。
「美味しいですね、これ。」
「うん、桃屋だな。間違い無い。」
「桃屋?」
「うん、桃屋の麺つゆ。出汁の具合がヤマキと違う。」
恐るべし考察力。
「桃屋使うところにセンス感じるわー。」
「そうなんですか?」
「うむ、美味である。」
そう言って子持ち昆布を頬張る姐さん。

さあ、次回まで姐さんの名前決まるといいねぇ。
夏休み明けというのは、憂鬱な気分である。
しかも、天気もイマイチはっきりしない。
まぁ、こういう時は居酒屋でハイボールでも飲むしか無いよね。
もっとも、こういう時じゃ無くても居酒屋でハイボールを飲むしか無い訳だけれど。

「夏休みとかどっか行ったの?」
姐さんが僕に尋ねる。

そう、すずめ姐さんの呼び名は姐さんで決まったらしい。
もっとも、姐さんはそう呼ばれると「あたし、あんたの姐さんじゃ無いから」と言って居るので、本人的には割とご不満のようだ。
舌切り姐さんが採用になってたら恐らくずっと荒れたままの姐さんのまま話が続くだろうから、そうならなかっただけ良しとしたい。

「この陽気じゃ、どこに行く気にもなれないすよ。姐さんはどっか行ったの?」
「行く訳無いよね。お盆は、墓参りして部屋でピクミンやってたわ。」
「ピクミン!またレトロな。」
「ピクミン面白いじゃん。あたし暇だとずっとピクミンやってるけど、家で。そういえばあなた、紫ピクミンみたいで可愛いわね。ちょっと『ピクミン!』って言ってみて。」
「…ぴ、ピクミン!」
「かーわいー。」
小さく拍手しながら笑う姐さん。

完全に姐さんのペースで進む会話におかしな違和感を感じつつも、ハイボールを楽しむ。
それで良いのだ、この店は。

「ピクミン以外は何かやらないんですか?」
「あ、シムシティは好き。」
出てくるタイトルがいちいち古い。
「あれで街をわーっと作って、何百万人も住むようになったら、街を破壊。そしてまた建設。そして、破壊。」
もう、ゲームの目的すらよく分からない方向に向かっている訳だけれど、でも、ちょっと気持ちが分かるだけに面白い。

「あ、そうそう。スープ作ったけど飲む?辛いスープ。」
「うん、飲む。」
「今日は特別牛肉も入れたげる。喜べ、紫ピクミン。」
程なくしてカップに辛いスープが注がれて、僕の前に置かれる。
うん、美味い。
割と本格的な焼き肉屋さんにあるような、辛いけど濃厚なスープ。
「姐さん、これ美味いねー。味付けが完璧じゃん。こういうの食べると米が欲しくなるわー。」
「米?おい、このデブ。夜の炭水化物はデブには厳禁だかんな。」
手厳しい。
「これね、そこの焼き肉屋で出てくるスープが美味しかったから、再現したの。ま、牛肉はあたしのアレンジだけど。」
「凄い!食べて味を再現しちゃうんですか!」
「するよね。」
姐さん、振る舞いだけ見てるとがさつなようだけど、多分凄く舌の感覚が鋭いんだろうな。
いろんな旨い物を食べて、自分で作ってる人じゃ無きゃそんなこと出来n・・・
「丸美屋の麻婆豆腐の素と味噌をベースにスープ作って、調味料でちょっと味調整したら大体同じ味になったのよ。」

…え?

「やっぱ、あれだな。丸美屋は最強だな。」
そう自画自賛しながらスープを啜る姐さん。
そんなやり方でこんな美味いスープを作る姐さんってちょっと凄い。

だが、ほろほろとした肉の煮込み具合から見て、実は結構手間を掛けて作っている事を僕は見抜いてしまった。
「あたし、面倒くさいの大嫌いです」みたいな顔をしてるが、多分、この人は料理が嫌いじゃ無い人だと思うんだよね。
姐さん、全く不思議な人だ。

「姐さん、実は料理上手なんですよー。」
カウンターに座った若くて恰幅の良い常連客が僕にそう言った。
「前に作ってくれたトマト鍋、あれも凄い美味しくてまた食べたいんですけどね。」
すかさず姐さんは言った。
「おいスナメリ、あれトマト鍋じゃ無いから。煮込みが足りなかったカチャトラだから。」
「でも、美味しかったですよ。寒い日とかカラダが温まるし。」
「だから鍋じゃ無いって。っったくこのスナメリ、お前も今日は米抜きだかんな。」
「えー!」

うむ。

とりあえず、ココのお客さんは、姐さんの料理を楽しみにしているという事だけはよく分かった。
「てかさ、晴れたら晴れたで暑いわ、曇ったら曇ったで蒸すわで、どういうんだろうね、これ。」
姐さんが団扇で自分を扇ぎまくっている。
決してエアコンが効いていない訳では無い。
だが、ひたすら扇ぐ。
見た感じ、もう苛々している。

こう言う日は、恐らく常連客に米は出ない。

いつもスナメリと呼ばれている彼も、どこか緊張気味だ。
「今日は料理とかもう面倒臭いわ。出前取るか、スナメリ。」
居酒屋の店主とは思えない発言に驚くスナメリ氏。
「じゃあ、餃子定食ライス大盛りでお願いします。」
「米食ってんじゃねー、デブ。」
シュンとするスナメリ氏。
と言うか、そこまで言われてもニコニコ毎日通うスナメリ氏に、ある種の侠気を感じる。
「姐さん実はネギが嫌いなんですよ。」
小声で僕に呟くスナメリ氏。
「意外だな、ああ言うの好きそうなのに。」
「紫ピクミンさんもそう思うでしょ?ところが、ニンニクとかネギとか苦手みたいなんすよ。」
どうやら、彼の中では僕の名前は紫ピクミンに決まってしまったらしい。
姐さんがネギが嫌いなことより、そっちに驚く。
「何か昔、姐さんのお姉さんが何かって言うと餃子作ってて『餃子姫』って言われてたとか、そう言う話も聞いた事あるっす。」
餃子姫も凄い名前だが、兎にも角にも僕が紫ピクミンと呼ばれているショックが大きい。
自分ではジョージ・クルーニーのつもりで居るのに。

「でもまぁ、うち居酒屋だかんね。しゃーない、何か作るか。」
そう言って渋々仕事をし出す姐さん。

「スナメリ、お前豆腐食べるだろ。」
「はい、自分豆腐好きっす。」
「豆腐好きだったらそう言う腹にならないよね。」
「はぁ。」
そう言って自分の腹回りをさするスナメリ氏。
ちょっと愛らしい。

程なくして、冷や奴的なものが出てくる。
豆腐にネギと刻みショウガのようなものが乗っている。
「姐さんネギ嫌いなんじゃないの?スナメリくん。」
「ああ、これは大丈夫らしいですよ、姐さん的には。」
「でも、どう見てもネギじゃん。」
「このネギは青い部分で、しかも冷凍なんで匂いが飛んでますから。」
スナメリ氏、凄い観察眼。
僕も食べてみる。
「おほ?」
よく見てみると、ごま油が掛かっている。
それと、何か白い粗塩のようなものがネギの下にあるのが分かる。
一緒に食べてみる。
あれ?美味い。
「この粗塩みたいなのってなんですか?」
「ん?あ、それ、味の素の丸鶏ガラスープ。美味いでしょ、流石味の素だわ。」
「スープの素!」
「そう。それがさ、他のスープの素だと粒がでかすぎて美味しく無いのよ。それと、どういう訳か刻みショウガの醤油漬けと合うのよね。」
「素材を生かすってのは料理じゃ良くあるけど、スープの素の食感にまで拘る料理って斬新ですね。」
「何か問題でも?だって、ごま油に溶けないじゃん、スープの素。」

ごもっとも。

但し、スープの素が持つ見た目のケミカル感を隠そうともしない豪快すぎるその見た目とは裏腹に、意外にも味のバランスは良い。
「これ、絶対定番にしたらウケると思いますよ。」
「あーね。」
そう言って笑いながら今日も美味そうにレモンサワーを飲む姐さん。

こうして、新宿の夜は今宵も更けていくのであった。
「しっかし暑い日だな、スナメリ。」
「はいっ、暑いですっ。」
いつも通り妙な緊張感が走る例の居酒屋。
その半分は、恐らくスナメリ氏のこの礼儀正しさとはまたちょっと違う、どこかの三等兵のような動きにあるんじゃ無いのかという気がしている。
「スナメリさ、魚とか食べないだろ、普段。」
「自分は、肉専門ですね。」
「あのさ、あなた、スナメリなんだから魚食べないと駄目でしょ。」
「あっ、あ、いや…。」
「嫌、じゃないから。今日はお前、魚な。」
有圧換気扇の下では、豪快に炭火が起こされ、そして、魚が焼かれていく。

サンマだ。
秋の味覚である。

良いなぁ、スナメリ氏。
僕もサンマ食べたいなぁ。

「あ、紫もちょっと今サンマ食べたいと思ったでしょ?」
紫ピクミンのピクミンが省略されて、最近僕はこの店で「紫」と呼ばれている。
既に「色」で呼ばれている。
「そりゃ、こんな良い匂いだもん、食べたくなりますよ。」
「そんな事だろうと思って、紫の分もちゃんと焼いてるから大丈夫。」
「流石姐さん。」
「だって、あなたのことだから後になって『ぼくもさんまたべたいでつ』とか言うでしょ?面倒くさいじゃん。」
ああ、そうですか。
そうですよね。

サンマの香ばしい匂いの煙がもくもくと立ちこめるこのお店のラジオからは、前田瑤子の歌が流れている。
今や新宿のスターだもんね。
ちょっとだけ昭和の香りがする、でもファンキーなリズムが彼女のサウンドだ。
結構この辺の飲み屋さんにも出没する、なんて話は聞いたことはあるけれど、僕は見たことが無い。
会った事があるって言う取引先の部長さんの話に寄れば、意外と気さくな人らしい。
テレビとかで見る限りはかっこいい人だけどねぇ。

前田さんの歌をしばし聴いていると、無造作にサンマが出てくる。
大根おろしと酢橘が添えられている。
流石だよね、姐さんはこういう所は絶対手を抜かない。

「今日さ、魚屋で魚見てたらサンマが無茶苦茶美味そうでさ。」
「姐さんが選んだんだ!」
「魚ぐらい選びますよね。あたし、サンマ選びは悪いけど自信あんだからね。」
「右から順番に買ったとかじゃないんだ!」
「失礼ね、紫。他のお客さんの分まで選んであげたわ。」
「へぇ、随分親切だね。」
「帰り、大ガードまでクルマで送って貰ったわ。同い年くらいだと思うんだけど、何か銀色の古いクルマ乗ってる女の人でさ。今時マニュアルシフトのクルマでやんの。」
「へぇ、美人だった?」
「あー、あたしの方が美人かな?いやー、…でもやっぱあたしの方が美人だな。」
何故かそこで急に勢いが途絶える姐さん。
そんな姐さんを尻目にサンマにありついてみる。

敢えて醤油は掛けない方向で。
美味い。
サンマの脂身が口いっぱいに広がる。

「今年のサンマは脂身が少ないって話だったけど、このサンマに限って言えば大当たりだわよね。やっぱ、アタシ天才だな。」
そう言ってレモンサワーを流し込む姐さん。
「くはぁ、やっぱ酒は裏切らないな。最高である。」
「ホントは日本酒とか行きたいんじゃないの?姐さん。」
「一応さ、これでも客商売だかんね。客の前で日本酒で潰れる訳にいかないじゃん。」
姐さんの面白いところは、凄くやる気が無い人に見えて、実はプロ意識がしっかりしているところである。
まったく不思議な人だ。

「さて、スナメリ。米食いたいか?」
「食いたいですっ!」
「よーし、今日は美味い米炊いたから好きなだけ食べていいかんね。」
「あざっす!」
スナメリ氏、米解禁のお知らせだ。
僕は、こんなに美味そうに米を食べる青年を最近見たことが無い。
それぐらい、美味そうに食べる。
「じゃあ、僕もごh…」
「紫はダメ。米、禁止。」
じゃあ、帰りにラーm
「こっそり帰りにラーメン食べるのとかも禁止だかんね。」
バレている。
完全に見抜かれている。
でも、良いかな、今日は。
サンマで幸せになれたしな。
「おっひるごはんの じっかんだぞー。ほらチビ姉ちゃん、チビ姉ちゃんのご飯作るぞー。」
ステテコ姿の男が、台所でせわしく作業している。
今日は、みんな出かけていてステテコ姿の男とチビ姉ちゃんしか居ない。
そんな夏休みのお昼だ。

「お父さん、なに作るのー?」
「ん?今日はチビ姉ちゃんの大好きなのだよ。」
「何だろー?」
「出来てからのおったのしみー♪」
醤油とお酒で手際よく作ったタレにつけ込んだ鮪を、炊きたてのご飯の上に乗せる。
鮪から流れ落ちたタレが、鮪の脂身と共にご飯に染みる。
ズケ丼だ。

「その代わり、お吸い物はインスタントだぞ?」
「永谷園?」
「あったりー!」
即席のお吸い物に三つ葉を散らせて、完成。

「いっただっきまーす。」
ちゃぶ台で元気よく手を合わせる親子。
ズケ丼を搔き込む。
「フハ、フハ、うめーな、チビ姉ちゃん。」
「うん、おいしいよ!」
「チビ姉ちゃん、鮪大好きだもんな。」
「うん、アタシ、大きくなったらまぐろ捕まえる人のお嫁さんになる!」
「うーん、それはお父さんとしてはちょっと複雑な気持ちだなっ。」
「でも、まいにちまぐろ食べられるよ!」
「捕まえる人は、そんなに毎日鮪は食べないかも知れないね。」
「じゃあ、何食べてるのかな?」
「んー、何だろうね。でも、チビ姉ちゃんみたいに毎日お菓子は食べないな。海にはお店が無いもんね。」
「えー、つまんなーい。」
「じゃあさ、チビ姉ちゃんだったら『海に何か一つだけ持っていって良いよー』って言われたら、何持ってく?」
「えー、じゃあアタシは…、セブンイレブン!」
「あー、ね。」
「セブンイレブンがあったら何にも困らないよ!」
「そうだね。でも、セブンイレブンはお船に乗らないね。」
「そっかー。」

あっという間に完食する二人。

「ごちそうさまでしたー!」
「午後はプール行くんだろ?」
「うーん、あたしはおうちで本読んでる。」
「そっか、じゃあ、お父さんと一緒にお留守番だな。」
「うんっ!」
「じゃあ、お父さんは野球でも見ようかな。」

30分もしないうちに、野球を見ることも本を読むことも無くスヤスヤと昼寝する二人。
いつも通りの親子の光景だ。

それから、随分時は流れた。

「紫はさ、ズケ丼とか食べる?」
「何でまた唐突に。」
「いや、今日のシメとかに食べたいんじゃ無いかなー、と思ってさ。」
「だって俺、米禁止なんじゃないの?」
「誰も無制限に米食って良いなんて言ってないから、このデブ。」
「ですよねー。」
「嫌なら良いけどさ。」
「や、食べます。食べますよ。」
「ん、じゃ、分かった。今から仕込んでおく。」
姐さん、後ろの壁をスライドさせる。
この店にそんな装置がついてたことに驚いた。壁をスライドさせると、更にスライドする棚が何重かになっていて、そこにはいろんなプロ仕様の厨房器具や食材が並べてあった。
「わ、その壁ってそんな事になってたの?」
「内緒だよ、みんなには。アタシ、包丁使えないことになってンだから。」
そう言って笑う姐さん。
良く切れる包丁で、見事に鮪の柵をスライスする。
「鮪はさ、切り口がスパってしてないと嫌じゃん。いくらズケでもそこはやぱり、ね。」
切った端からタレの入ったボウルに鮪を入れていく。
いつも飲み物を作る手際が異常に良いことは知っていたが、これは驚いた。
「さ、これで1時間も漬けておけば、ズケ丼食べられるよー。良かったね、紫。」
そう言ってボウルを冷蔵庫にしまい、包丁を元の棚に戻した。
「姐さん、料理は苦手とか言ってたけど、ホントは何者?」
「何者って、『峰不二子です』とか言ったら納得するの?」
「あー、ガーターベルトにピストルとか隠してるんだ。」
「隠してませんよね。」
そう言って、レモンサワーを飲み干す。
「くはぁ。うめーな、どうも。」
一呼吸置いて、姐さんは言った。

「たまにはズケ丼食べたくなるじゃん。だけどそのかわり、お吸い物は永谷園だかんね。」

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