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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第92回 ロイヤー作 『バレンタインデー』 後編 (スキー、チョコレート、雷)

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 アキは恭一が店に入って来た時、息を飲んだ。
 髪はだいぶ薄くなっていたが、間違いなくクラスメートの志村君だったからだ。
(私がやっている店と知って来たのかしら)
 それは無いはずだった。高校時代の同級生とは誰も連絡を取り合っていないし、SNSにも学歴や過去のつながりは一切のせていない。
「初めてですか」
 とりあえずポーカーフェイスで訊いてみた。
「はい」
 世間話をしながら、さりげなく高校の部活の話をし、学生時代のことを訊いた。間違いなく志村恭一君だった。そして彼はアキのことに気が付いていないようだった。
 アキは高校生の時に両親が離婚し、それから色々あった。高校生の時はメガネをかけて地味な髪型と服装で、クラスでは目立たない存在だった。
 だが、高校を中退し社会に出てからは整形をして、クラブのホステスをしていた。ストーカーにも狙われた。結婚や離婚も繰り返した。
 そして、今は小伝馬町の小さい店の女将に落ち着いていた。
 当時、都市伝説のようなものが女子高生の間で流行っていた。それは『私をスキーに連れてって』の予約席のチケットを男の子の下駄箱に入れ、その男の子が映画を観に来るかどうかを賭け、その男の子が来るか来ないかの予想が当たった子は幸せになれるというものだった。
 そんなことに意味が無いのは分かりきっているが、手軽なゲームとして当時の女子高生にウケていた。20人集まれば、1人100円程度の出費だ。縁結びの神社のおみくじより安いくらいだ。
 アキもそれに参加していた。
 だが、バレンタインデーの前日に、父のDVと借金取りに耐えかねた母に連れられて夜逃げをした。だから、誰にチケットが渡り、その人が映画に来たかどうかは聞くことができないままだった。
 アキは来ない方に賭けていた。
 細長い煙草を取り出し、火をつけると、誰もいない店内に紫煙を吐き出した。
「結局、都市伝説は当たったのね」
 アキは自分の半生を振り返り、そうつぶやいた。

◇◆◇◆

 山ちゃんこと山崎はあせっていた。
(まさか、バレてないよな)
 偶然、店で客として一緒になったが、志村恭一は山崎とは高校時代、隣同士のクラスで同窓だった。とは言っても同じ高校に通ったのは一年だけだ。父親の仕事の都合でそれまでの地方の男子校から首都圏の共学に転校してきたのだ。
 山崎は志村のことにすぐに気が付いたが、志村は山崎のことに気が付いていないようだった。
 転校して共学だと喜んだのもつかの間のことだった。
 女子から告白を受けたが、その子はタラコ唇のネアンデルタール人という容姿だった。
「山崎くうん〜」
 イントネーションが変で、語尾を甘ったるく上げてくる声を聞くとゾッとした。
 振っても、振ってもゾンビのように追いかけてきた。
 そしてバレンタインという運命の日がやってきた。
 奴は早朝になんと自宅の前にいた。
 そして、チョコレートと映画のチケットを山崎に渡した。
「この映画、すっごい評判なの。一緒に観にゆこう」
 ネアンデルタール人が、デレデレして言った。
 悪寒が背筋を駆け上がった。
 その時、山崎の灰色の脳細胞に閃きが走った。
(そうだ。今日はバレンタインだから、このチョコとチケットを誰か別の奴の下駄箱に放り込んでおこう。誤解した奴が当日映画に行って、こいつと修羅場を演じればいい。そうなれば流石にこいつも、オレが嫌っているということを自覚するだろう)
 山崎は登校すると、どの下駄箱に入れるかを考えた。
(そうだ。隣のクラスの野球部のいけ好かない奴にしよう。確か名前は志村恭一だったな)
 隣のクラスとは体育だけは合同だった。男女別に分かれるからだ。だから運動が万能な野球部の副キャプテンの志村の名前は覚えていたのだ。
 志村恭一の下駄箱にタラコ唇のネアンデルタール人の愛が込められたチョコとチケットを入れた。
 その後のことは知らない。卒業まで彼女から逃げまくり、卒業後は一切コンタクトしていない。
(志村の奴、オレと気が付いていてあんな話をしたのだろうか)
 山崎は首を振った。
(あの様子では、オレのこともそもそも知らないようだ。一年間、体育の授業で一緒だっただけだし、高校時代オレは目立たないモブだった。ただの偶然だ)
 自分のしたことで志村の人生が変わってしまったのだと思った。
(でも、まあ、幸せになったのだからいいのだろう。もしかして、オレって愛のキューピットだったのか)
 そう思うとなんとなく笑みがこぼれてしまう山崎であった。

◇◆◇◆

(恭一は決まって、バレンタインデーの前後は酒を外で飲んできて帰りが遅い)
 またあの話を飲み屋でしているのだろうと思った。
 恭一と付き合うようになったきっかけは、バレンタインデーに恭一の下駄箱に映画のチケットが入っていたということからだ。
 最初は私が片思いをしていて、下駄箱にチケットを入れたけど、落雷の事故に遭い入院したので予約していた当日に行けなかったのだと思っていたようだ。
 事実とは違うので私はそれを否定した。
 だが、私に片思いされていると誤解して入院している間、何度もお見舞いに来てくれたことで母親が恭一のことをいたく気に入ってしまった。
 ウチは祖父が一代で製薬会社を立ち上げ大きくした。だが、跡継ぎの男子が生まれなかった。祖父は会社のオーナーとしての株式を相続させ、家名と事業を残すために母に婿養子をとらせた。そして、母も娘の私しか子供ができなかった。
 だから、早くから婿養子の選定にやっきだったのだ。
 有能な経営者は、金で雇える。だけどバカでも賢すぎもせず、後継ぎを生むことに協力してくれて家業を守ってくれる婿は金で簡単に買えるものではない。その母のおめがねにかなったのが恭一だった。
 私は上機嫌で帰って来た恭一を無視した。
 実を言うと恭一の下駄箱にチョコとチケットを入れたのは私だ。
 同じクラスの花絵がバレンタインの日の朝に、女子トイレで泣いていたので、事情を訊くと、朝、山崎にチョコと映画のチケットを手渡ししたのだが、学校に着くなり、別の生徒の下駄箱に入れていたので、山崎がいなくなってから、それを取り戻したのだが、悲しくてしょうがないのだという。
「ねえ、奈津、これ誰かと行って」
 見ると評判になっている『私をスキーに連れてって』のペアチケットだった。予約席になっていて日時も指定されている。
「いいの?」
「山崎君と行く予定だったの。でももう……」
 そこから先は言葉にならなかった。
 また泣き崩れた。
 私は当時付き合っていたタケシと行くことにした。
 タケシに廊下で会ったら、下駄箱に入れておいてと言われた。
 だが、うっかりした。
 タケシの下駄箱に入れたつもりで、隣の志村君の下駄箱に入れてしまったのだ。
 それを知ったのは入院中だ。
 だが、タケシは私の入院中に見舞いに来るどころか、私の親友と浮気をしていたことが後から発覚した。
 結局、母が勧める恭一と私は結婚した。
 今でも、私が下駄箱を間違えていなければどうなったのだろうと思うことはある。
 でも幸い娘だけでなく跡継ぎの男子にも恵まれた。
 長男は祖父の製薬会社に入社し順調に出世している。
 我が家は安泰だった。
 来年のバレンタインあたりには、そろそろ彼を会社と我が家からリストラする時期に来たと思った。そのため腕のいい弁護士を雇おうとスマホで法律事務所の記事を読んでいたところだった。

              『ハッピーバレンタイン!』

 すぐにスマホの画面にポップアップしてくるカップル向けの商品の広告がウザかった。

コメント(10)

拝読しました!なんというか、いろんな「え?」という驚きがあって、楽しい読書体験でした。
最初が恭一の視点から入るので、なんとなく恭一が主人公な意識で感情移入してしまうのですが、
いろんな事情があるとは言え、かつての同級生に気づかず、勘違いをし、その流れでおのれの人生まで決まってしまう……
その、恭一の運命にくるくるくるくる翻弄されつつ、本人はわりとぼんやりしてる感じなのが面白いです!!
バレンタインの誰かのいたずら心がこういう中年男の悲哀みたいなものに繋がる展開、見事だと感じました。
>>[1]
ご感想をありがとうございました。
たくさんコメントしていただけてとても嬉しいです。
普段は何かを書いてもほとんど人目にふれることも、ましてご感想をいただけることもないので、今回、アップするごとにコメントをいただけましたことはとても有り難かったです。
>>[2]
お気持ちとてもわかります!感想もらえると嬉しいですよね。
また過去の作品も、時間のあるときに読ませていただきます。
この第三回の二転三転させかた上手ですね。恭一の視点で読んできた読者には痛いビターエンドです。「『ハッピーバレンタイン!』すぐにスマホの画面にポップアップしてくるカップル向けの商品の広告がウザかった」の最後の1行が最高です。でも個人的なわがままを言えば、誰でも楽しめる作られた物語より、ロイヤーさんの個人生活の私小説を読みたいです。シングルモルトの置いてある事務所の話とか。
>>[4]

ご感想をありがとうございました。

次回はJONYさんのリクエストに応えて私小説ぽいマニアックなやつに挑戦してみます。
>>[4]

ジョニーさんのリクエストにお応えして、ガチの根暗なやつをアップしました。

某日は拙作にコメント下さりありがとうございました。とても励みになりました!

…何か、とてもよく凝られた作りなのに、スッと入って来ました。そのまま登場人物の恋愛相関図が作れますね(ノ´∀`*)
結果オーライかと思いきや・・・そう来ましたか(爆笑!)

楽しませていただきました☆
遅くなってしまいましたが、おとといはありがとうございました!
法律関係でタメになるお話を聞かせていただき、とても楽しく興味深かったです。

文芸部で伺いましたが、第1回から膨らませる形でこのどんでん返しが展開されたこと、驚きでした…!
結局、恭一の下駄箱にチョコを入れたのは誰だったのか、という謎解きのけん引力が魅力で、ぐいぐい読めちゃいます。

登場人物たちそれぞれの過去の甘酸っぱい思い出と現在との対比が、なんともいえない哀愁を感じさせて、人生って皮肉だなとしみじみしてしまいます。
>>[7]

 ありがとうございます。
 スッと入ってきたとのこと。よかったです。
>>[8]
 ありがとうございます。
 せしるさんとの話の続きを楽しみにしております。

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